近代以前、死は暮らしのすぐ隣にありました。家のなかで人が亡くなり、家族が看取り、地域の人が集まって弔う。子どもも死を見て育ち、季節の自然のなかで動植物の死に触れた。けれど20世紀後半以降、現代社会は、死を病院と葬儀場という限定された場所に閉じ込めてきました。第62話で取り上げたように、日本では1950年代に8割以上だった自宅死が、現在は2割以下にまで下がっています。
フランスの歴史家フィリップ・アリエスは1977年の著書(『死を前にした人間』)で、西洋社会において死がどう扱われてきたかを歴史的に追いました。中世の「飼いならされた死」(家族と地域の中で迎える死)から、近代の「禁じられた死」(語られないもの、隠されるもの)へ。彼の歴史分析は、近代化が死を生活から遠ざけていく過程を鮮明に描き出しました。
死を遠ざけたことの代償は、複数の方向に表れています。第一は、死別の悲嘆を支える地域共同体の弱体化。誰かを失ったとき、地域や家族が儀礼を通じて支えてきた構造が、現代では弱まっています。第二は、自分自身の死への準備の不足。多くの人が、自分や家族の死をどう迎えたいか、考える機会も語る言葉も持たないまま、最期を迎えます。第三は、死を排除した結果としての、生の浅薄化。死を意識しない生き方は、しばしば日々の有難さや関係の重みを見失っていきます。
近年、この状況を見直す動きが世界で広がっています。スイスの精神科医エリザベス・キューブラー=ロス(第62話と共通)の業績、英国のシシリー・ソンダースの近代ホスピス運動、そして「Death Café(デス・カフェ)」と呼ばれる、見知らぬ人々が集まって死について語り合う運動。「Death Café」はスイスの社会学者ベルナール・クレッタッツが2004年に始め、現在では世界80か国以上で開催されています。死を語ることが、生をより深く生きることに繋がる――この経験を、人々は再発見しはじめているのです。
日本でも「終活(しゅうかつ)」「人生会議(ACP)」「Living Will」「グリーフケア」といった言葉と実践が広がっています。看取りの作法(第62話と共通)を取り戻す動き、葬送の文化を再評価する動き、死生観を哲学的に問い直す動き――これらは、近代が遠ざけた死を、暮らしのなかに少しずつ戻してきている試みです。死を語ることは縁起でもないことではなく、関係と人生を深める実践になりはじめています。
日々の暮らしのなかで、家族と「もしものとき」を話す時間を持つ。墓参りの時間を意識的に取る。亡くなった人の物語を子どもや若い世代に伝える。死を「触れてはいけないもの」から「丁寧に語るもの」へ取り戻すこと。これでPART IV「ケアと遊」18話が完結します。次回からはPART V「文化と公共」に入ります。
DEEPER 学術的な観点で深めると ▾
死の人類学の現代的展開は、フランスの歴史家フィリップ・アリエス『死を前にした人間』(L'Homme devant la mort, 1977年)が決定的な著作です。彼は中世から近代までの西洋の死の扱いを「飼いならされた死→自分の死→他者の死→禁じられた死」として歴史的に整理しました。フランスの社会学者エドガール・モランも(1951年)で死の社会学を提示。米精神科医エリザベス・キューブラー=ロス(第62話と共通)、英国のシシリー・ソンダースが20世紀後半の臨床的・社会的展開を主導。デス・カフェ運動はスイスのベルナール・クレッタッツが2004年に始め、英国のジョン・アンダーウッドが世界に広めました。日本では民俗学者の柳田國男『先祖の話』、文化人類学者の波平恵美子(お茶の水女子大学名誉教授、第73話と共通)、宗教学者の島薗進(東京大学名誉教授、第62話と共通)、グリーフケア研究の高木慶子(上智大学グリーフケア研究所)らが、日本における死の人類学・社会学を継続的に研究してきました。死は、20世紀末から21世紀にかけて、医療の問題から人類学・社会学・哲学・公衆衛生の中心的研究対象へと位置づけ直されつつあります。
Death Café運動は2004年スイス開始、現在世界80か国以上、約16,000回以上開催(Death Café Society 2024)。
日本の「人生会議(ACP)」認知度は2018年の約30%から2023年に約60%に上昇(厚生労働省「人生の最終段階の医療に関する意識調査」)。
日本の葬儀費用は1990年代の平均約230万円から2023年に約120万円に低下、家族葬・直葬の増加(鎌倉新書「葬儀に関する全国調査2023」)。葬送文化の変化。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- Ariès, P. (1977). L'Homme devant la mort. Seuil.死の歴史人類学の古典。
- Morin, E. (1951). L'Homme et la Mort. Seuil.死の社会学。
- Walter, T. (1994). The Revival of Death. Routledge.現代における死の再活性化。
- 波平恵美子(2010)『日本人の死生観』朝日新書日本の死の人類学。
- 島薗進(2012)『日本人の死生観を読む』朝日新書日本の死生観論。
PART IV「ケアと遊」が完結しました。次回からはPART V「文化と公共」に入り、芸術・メディア・図書館・公園・産業など、共有される場所と文化のかたちを暮らしの観点から読み解いていきます。すでに公開されている第78話(神経美学)、第79話(メディア生態学)に加えて、新しい話を順次お届けします。
