PART IV ケアと遊 ・ スポーツ観戦 #03
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ゲーム実況に、なぜ人は時間を溶かすのか

― 二次的経験の研究が示す、観ることの新しいかたち

Why People Lose Hours Watching Game Streams

自分でプレイするのではなく、誰かのゲームを観ているうちに何時間も経っている――この不思議な現象が、ここ10年で世界的なメディア文化になっています。「他人の経験を観ること」が、なぜここまで時間を溶かすのか。二次的経験の研究から考えます。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 社会科学 / メディア研究・二次的経験

自分でゲームをプレイするのではなく、誰かのプレイ実況をYouTubeやTwitchで観ているうちに、何時間も経っている。スポーツの試合観戦と似ているけれど、何かが違う――この不思議な現象が、ここ10年で世界的なメディア文化になっています。Twitchの月間アクティブユーザーは1.4億人以上、YouTubeのゲーム実況は最も視聴される動画ジャンルの一つです。「他人の経験を観ること」が、なぜここまで時間を溶かすのでしょうか。

メディア研究では、これを「二次的経験(vicarious experience)」と呼びます。自分が直接体験するのではなく、他者の経験を通じて感情や認知の経験を得る現象です。読書、映画、テレビ、スポーツ観戦――これらすべてが二次的経験の形ですが、ゲーム実況には独特の質があります。米テキサス大学のT.L.テイラーは『Watch Me Play』(2018年)で、ゲーム実況の特徴を「実況者と視聴者の双方向性」「リアルタイム性」「コミュニティ性」の3点で整理しています。

第43話で取り上げたミラーニューロン研究と、第64話のスポーツ観戦研究の系譜が、ここでも関連します。誰かがゲームをプレイしているのを観るとき、自分でプレイしているときと似た脳活動が起きる。同時に、第31話で取り上げた「適度な雑音と創造性」の知見にもつながります。実況者の声、ゲームの音、チャットの流れ――こうした適度な刺激のなかで、視聴者は受動的でも完全に集中するでもない、独特の状態に入ります。

もう一つの大きな要素は「同期的なコミュニティ」です。視聴者はチャットを通じて他の視聴者と感情を共有し、実況者からも反応をもらう。第65話で取り上げた集合的沸騰の現象が、デジタル空間で起きているのです。コロナ禍以降、物理的に集まれない時期に、ゲーム実況のようなオンライン共同体が孤立を補う役割を果たしました。

ただし、ゲーム実況には注意も必要です。第29話で取り上げた報酬系の話と関連し、ゲーム実況の視聴は「ほしい(wanting)」を強く刺激し、「いい(liking)」をあまり満たさない構造を持ちうるのです。何時間も観ていたのに、結局は虚脱感だけが残る経験は、誰にでもあるはずです。視聴の量と質を意識的に管理することは、現代のメディア環境では特に重要なリテラシーになっています。

日々の暮らしのなかで、ゲーム実況や動画コンテンツを「無駄」と切り捨てるのではなく、「二次的経験」「コミュニティ参加」として位置づけ直す視点も必要です。同時に、自分でプレイする・他者と直接会う時間とのバランスを保つことも大切。観ることと参加すること、両方が暮らしの基盤として位置づくとき、メディアとの健全な関係が生まれます。

DEEPER 学術的な観点で深めると

ゲーム実況・メディア視聴の研究は、米テキサス大学のT.L.テイラー(2018年)が現代の中核的著作です。彼女はゲーム実況を「ライブストリーミング・コミュニティ」として体系的に分析しました。米ノースイースタン大学のミア・コンサルヴォはゲーム文化研究の第一人者で、視聴と参加の境界を継続的に研究。ミラーニューロンとメディア視聴の研究は、米サウスイースタン大学のマシュー・グリーゼマー、英ロンドン大学のサラ=ジェイン・ブレイクモアが進めています。日本ではメディア研究の松井広志(愛知淑徳大学)、ゲーム研究の七邊信重(東京工科大学)、コンテンツ社会学の七邊信重らが日本のゲーム実況・配信文化を研究。デジタル労働研究では、米イェール大学のフィリップ・ナポリらが配信者の「労働性」を分析。コロナ禍以降、ゲーム実況・ライブ配信を含む「視聴文化」は、メディア研究・社会心理学・労働社会学・コミュニティ研究の交差点に位置づけられつつあります。

SIGNAL 01

Twitchの月間アクティブユーザーは約1.4億人、月間視聴時間は約180億時間(Twitch Tracker 2024)。

SIGNAL 02

日本のYouTube視聴者は推定約7,000万人、ゲーム実況は最も視聴される動画ジャンルの一つ(Google Japan 2024)。

SIGNAL 03

コロナ禍中の2020-2022年に、ゲーム実況視聴時間が世界平均で約2.5倍に増加(Streamlabs 2022年報告)。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Taylor, T. L. (2018). Watch Me Play. Princeton University Press.ゲーム実況研究の核心。
  • Consalvo, M. (2007). Cheating: Gaining Advantage in Videogames. MIT Press.ゲーム文化研究。
  • Sjöblom, M. & Hamari, J. (2017). "Why do people watch others play video games?" Computers in Human Behavior, 75: 985-996.ゲーム実況視聴の動機研究。
  • Hamilton, W. A. et al. (2014). "Streaming on twitch." CHI Conference Proceedings.Twitchコミュニティ研究。
  • 松井広志(2017)『模型のメディア論』青弓社日本のメディア研究。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

「観ること」が暮らしの一部になるなら、「死を語ること」もまた、私たちの暮らしから何が消えてきたかを問い直す重要な視点です。次回はPART IV最終話、死を語る言葉が暮らしから消えたとき、何が変わったかを辿ります。

NEXT EPISODE 第77話「死を語る言葉が、暮らしから消えたとき」 公開を待つ →
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