第V部「開きのかたち」に入ります。前部までが社会の輪郭をつくるかたちだったとすれば、第V部は、その輪郭の内と外を行き来させるかたち――情報・知識・物語が、誰のものとして、どう開かれていくかを扱います。第13章「複製・伝達」の最初は、20世紀末以降に著作物の流通を根底から書き換えた仕組み、クリエイティブ・コモンズです。
この運動の中心にいたのが、ハーバード・ロー・スクール教授の憲法学者ローレンス・レッシグ(Lawrence Lessig, 1961-)でした。彼が1999年に発表した著作『Code and Other Laws of Cyberspace』(Basic Books、2006年に改訂版『Code: Version 2.0』、邦訳『CODE Version 2.0』翔泳社 2007年、山形浩生訳)の中心命題は、ひとつの定式に凝縮されています――「コードは法である(Code is Law)」。サイバースペースにおいては、議会が定める法律と同じ強さで、ソフトウェアのコード自体が人々の行動を制約する。だから、誰がコードを書くかは、誰が法を書くかと同じくらい重要だ、と。
この洞察と並走して、レッシグは著作権の戦線を開きます。20世紀末、米国では映画会社・レコード会社の働きかけで、著作権保護期間が死後50年から70年へ繰り返し延長されていました。1998年のソニー・ボノ著作権延長法もその流れの一部です。レッシグは、独立系出版者エリック・エルドレッド(Eric Eldred)の代理人として、この延長を違憲と訴えるEldred v. Ashcroft訴訟を最高裁まで持ち込みます。2003年1月、最高裁は7対2で延長を合憲と判断し、レッシグは敗訴しました。
敗訴の経験から、彼は次の戦略へと舵を切ります。法を変えられないなら、法の上に新しい契約レイヤーを作る。2001年、レッシグはMITの計算機科学者ハル・エイブルソン(Hal Abelson, 1947-)、エルドレッドらとCreative Commonsを設立し、2002年12月に最初のCCライセンスを公開しました。仕組みは単純です。著作者が自分の作品にAttribution(BY、表示)/ShareAlike(SA、継承)/NonCommercial(NC、非営利)/NoDerivatives(ND、改変禁止)の4要素を組み合わせて貼ると、その範囲内で第三者は自由に複製・改変・再配布できる。著作権の伝統的な「all rights reserved」に対し、CCは「some rights reserved」を提唱したのです。
この提案は急速に広がりました。Wikipediaは2009年にCC BY-SA 3.0、後にBY-SA 4.0へ移行し、人類最大の百科事典が継承条件付きの共有財として運営されるようになります。写真共有サービスFlickrは2004年から、医学・科学論文のオープンアクセス運動はCCを共通通貨として採用しました。レッシグ自身は2004年の著作『Free Culture』(Penguin、邦訳『FREE CULTURE』翔泳社 2004年、山形浩生・守岡桜訳)で、伝統的な著作権が過剰な保護によって創造の連鎖を断ち切っていると論じ、続く2008年の『Remix』(Penguin、邦訳『REMIX』翔泳社 2010年)では、デジタル時代の「読み書き両方の文化(read/write culture)」の必然性を擁護しました。
日本では2003年にCreative Commons Japan(後のコモンスフィア)が発足し、初音ミクをめぐる二次創作文化や、JASRAC・ドコモを軸とする楽曲版権との緊張のなかで、CCは独自の文脈を獲得していきます。
開かれた著作物は、許諾の前提を反転させた、新しい公共財です。
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クリエイティブ・コモンズの発想を経営の文脈で読み直すと、3つの実用的視点が立ち上がります。
第一に、自社が「許諾を得ずに使えるもの」と「使えないもの」の整理。社内資料、Webサイト、提案書、SNS投稿で日常的に扱う画像・文章・動画・音楽の多くは、出所が曖昧なまま再利用されているのが現実です。CCライセンスの構造を理解しておけば、Wikipedia・Flickr・Wikimedia Commons・Unsplash・Pixabayといった大規模なオープン素材プールから、著作権リスクなしに再利用できる素材を選び抜けます。BY(表示)・SA(継承)・NC(非営利)・ND(改変禁止)の4要素は、社員の誰もが理解しておくべき業務基礎リテラシーです。
第二に、自社コンテンツの「開き方」の戦略設計。製品マニュアル、ホワイトペーパー、調査レポート、研修資料、学術論文、講演動画――これらを「all rights reserved」のままにするか、CC BY 4.0などで開くかは、長期のブランド資産形成に直結する判断です。米国MIT OpenCourseWare、欧州機関のオープンアクセス義務化、各国政府のオープンガバメント戦略は、いずれも「短期の囲い込み」より「長期の到達範囲」を選んだ事例です。中堅企業でも、自社のナレッジを部分的にCC公開することで、採用・パートナーシップ・業界での地位形成に大きな効果が出ます。
第三に、自社事業を「リミックス可能」に設計する余地。レッシグの『REMIX』が指摘した通り、現代の文化・経済の活力は、既存の素材を組み替える二次創作の連鎖から生まれます。API公開、データ可搬性、ロゴ・素材の二次利用許諾、サードパーティ開発者向けキット――こうした「リミックスのための足場」を意識的に整える企業は、ユーザーの創意を取り込みながら自社の到達範囲を広げます。
著作物を閉じるか、開くか。その設計が、自社の射程を決めます。
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2. 異分野からの発展的視点 ― RSAが先に書いた「許諾の数学」
レッシグが2002年に提示した「some rights reserved」という発想は、それより四半世紀前、まったく別の領域で数学的にスケッチされていました。1978年2月、MIT人工知能研究所のロン・リベスト、アディ・シャミア、レナード・エイドルマンの3人が発表した4頁の論文「A Method for Obtaining Digital Signatures and Public-Key Cryptosystems」(*Communications of the ACM* 21巻, 120-126頁)。いわゆるRSA暗号です。
RSAの中心は、二つの大きな素数p、qの積n=pqを公開し、p、q自体を秘密にするという、素因数分解の計算複雑性に依拠した非対称性です。秘密鍵保持者だけが署名でき、公開鍵を持つ誰もが検証できる ―― 「自分の作品である」という主張を、機械が客観的に判定可能な属性に変えました。論文発表から数年内に、ディジタル署名・電子認証・SSL/TLSの基盤となり、現在では毎秒数十億回、世界中で実行されています。
CCライセンスがRDFaやJSON-LDのメタデータとしてHTMLに埋め込まれ、Creative Commons Rights Expression Language(CC REL, 2008)として機械可読化された設計は、RSAが拓いた地平の延長線上にあります。レッシグが法律の上に積み上げた契約レイヤーは、リベストたちが用意していた数学の上に社会制度を立ち上げる試みでした。CCは法学の発明である以上に、暗号理論の社会実装として立ち現れます。
次回は「オラリティとリテラシー ― オングの系譜」をお届けします。
