第V部「開きのかたち」第13章「複製・伝達」に入ります。本章は、知識・技術・作品が、誰のものでもなく、誰のものでもありうる状態へと開かれていく仕組みを扱います。最初の話題は、20世紀末に立ち上がり、現代のデジタル社会の見えない土台となった運動――オープンソースです。
物語の出発点は、1980年代初頭、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)人工知能研究所のプログラマーリチャード・ストールマン(Richard Stallman、1953-)でした。当時、AIラボの開放的なソフトウェア共有文化は、商用ソフトウェア企業の台頭によって急速に解体されつつありました。ソースコードは秘匿され、改変は禁止され、隣人と分かち合うことは「海賊行為」と呼ばれるようになる。ストールマンは、これは技術的問題ではなく倫理的問題だと捉えます。
1983年9月、彼はネットニュースに「GNUプロジェクト」(GNU's Not Unix)の宣言を投稿し、Unix互換でありながら完全に自由なオペレーティングシステムを一から書き上げる計画を発表しました。1985年にはFree Software Foundation(FSF)を設立し、運動を制度化します。彼が掲げた「自由ソフトウェアの4つの自由」――実行する自由、研究・改変する自由、再配布する自由、改変版を公開する自由――は、その後の運動の倫理的支柱となりました。
決定的な発明は、1989年のライセンスGPL(GNU General Public License)v1でした。GPLは、ソースコードを自由に使い改変する権利を保証する一方、改変版を配布する際には同じライセンスで公開しなければならないと義務づけます。著作権(copyright)の仕組みを逆手に取って自由を強制するこの構造は「コピーレフト」と呼ばれ、現在はv3(2007年)まで版を重ねています。
GNUプロジェクトに欠けていた最後のピース、OSの中核(カーネル)を埋めたのが、フィンランド・ヘルシンキ大学の学生リーナス・トーバルズ(Linus Torvalds、1969-)でした。1991年、彼は趣味で書き始めたカーネルをインターネット上に公開し、世界中のプログラマーがパッチを送り合う形で開発が加速します。これがLinux Kernelです。GNUのツール群とLinux Kernelが結合した「GNU/Linux」は、現在、世界のサーバーの過半数、Androidスマートフォン、スーパーコンピュータ上位500機のすべてを動かしています。
1997年、米国のハッカーエリック・レイモンド(Eric Raymond、1957-)はリーナス型の開発手法を分析した論文「The Cathedral and the Bazaar」を発表しました。同論文は1999年に同名書籍となり、邦訳『伽藍とバザール』(USP研究所、2010年、山形浩生訳)として日本にも届きます。少数の建築家が綿密に設計する「伽藍」型ではなく、無数の参加者がワイワイと取引する「バザール」型でも、否、バザール型のほうがより堅牢なソフトウェアが生まれる、というレイモンドの観察は、シリコンバレーに衝撃を与えました。
1998年、レイモンドとブルース・ペレンス(Bruce Perens、1958-)らは、ストールマンの倫理色の強い「Free Software」に代えて、企業にも受け入れやすい用語「Open Source」を採用し、Open Source Initiative(OSI)を設立、Open Source Definitionを公開しました。同じ運動の二つの呼び名が、現在まで併存しています。
開かれたコードの上に、世界が走っています。
FOR MANAGEMENT 経営学的に読み解きたいあなたへ ▾
オープンソース運動を経営の文脈で読み直すと、3つの実用的視点が浮かびます。
第一に、自社が依存しているOSSの可視化。今日、ほぼすべての企業の事業基盤は、Linux、PostgreSQL、Python、Git、React、Kubernetes、nginxといったオープンソース・ソフトウェアの上に立っています。サーバーのOS、データベース、Webフレームワーク、コンテナ基盤、ソースコード管理――どれも無償で公開されているコードを動かしているにもかかわらず、多くの企業はライセンス条件を把握していません。GPL系の感染条項、Apache 2.0の特許条項、AGPLのSaaS条項といった違いは、製品配布の戦略に直接影響します。SBOM(Software Bill of Materials、ソフトウェア部品表)の作成は、米国・EUで規制対象になりつつあり、経営課題として位置づけ直す時期に来ています。
第二に、コミュニティへの貢献を経営戦略に組み込む。Google、Microsoft、IBM、Meta、NTTデータといった大企業が、自社エンジニアにOSSへの貢献時間を保証しているのは、慈善ではありません。自社が依存するコードが健全に保たれること、社内に最新技術に触れたエンジニアが残り続けること、採用ブランドが強化されること――これらは、貢献によってのみ得られる経済的便益です。中堅・中小企業も、依存OSSへの少額の継続寄付(GitHub Sponsors、OpenCollective等)を、保険料に近い性質の経費として計上する発想が有効です。
第三に、「自社版オープン化」の戦略的設計。データ・APIを公開する、コア技術をOSS化する、業界標準仕様の策定に参画する、といった「開く」判断は、短期的には競合に塩を送るように見えます。しかしStripe、Shopify、HashiCorpの軌跡が示すように、開かれた仕様の上に立つことが、結果的に最も堅牢な競争優位を生む場合があります。
開くことは、奪われることではなく、共有財の上に立つことです。
FOR ACADEMIA 学術的に読み解きたいあなたへ ▾
2. 異分野からの発展的視点 ― ムスクリシュナが定式化した「集団的脳」
「なぜ見知らぬ他者のために、無償でコードを書く人が現れるのか」 ―― OSS運動の中心にあるこの問いに、文化進化論の側から強力な答えを示したのが、ハーバード大学のマイケル・ムスクリシュナ(Michael Muthukrishna)とジョセフ・ヘンリックの「集団的脳」仮説です(*Phil Trans R Soc B* 371巻, 20150192, 2016)。
二人の主張は明快でした。人間の知性の真の源は個人の脳ではなく、集団のなかで社会的に繋がった脳のネットワーク全体にある。集団のサイズと相互接続性が増えるほど、累積文化進化のスピードと到達点が向上する。検証データとして、彼らは技術的複雑性が集団規模に比例して向上する事例(タスマニア島の道具喪失と本土オセアニアの拡張、近世以降の科学革命と都市化の同期)を提示しました。1人の天才ではなく、ネットワーク化された数千・数万の脳が、新しい知を結晶させていたのです。
レイモンドが「バザール」と呼んだLinuxの混沌、約8万人の貢献者が支えるカーネル開発、PythonやPostgreSQLやReactの同時多発的な改良 ―― これらは「集団的脳」の現代的実装でした。GitHubは個人の生産性を測る指標群を提供しますが、本当の生産性は個人ではなくネットワーク全体に分布しています。OSSは、ヒトという種が文化進化のために発達させてきた集団的脳を、コードという媒体で最も透明に可視化した装置なのです。
次回は「クリエイティブ・コモンズの思想」をお届けします。
