障害学が「障害は個人ではなく社会の問題だ」と語る方向を反転させたのと同時期、フェミニズム哲学からも、もう一つの大きな反転が起きていました。倫理学そのものの土台を、根本から問い直す動きです。米国の心理学者キャロル・ギリガン(1936-)と教育哲学者ネル・ノディングズ(1929-2022)の仕事から、ケアの倫理(ethics of care) が立ち上がります。
きっかけは、ギリガンがハーバード大学でローレンス・コールバーグ(1927-1987)の研究助手をしていた1970年代でした。コールバーグの「道徳発達段階説」――人間の道徳的判断は普遍的な6段階を進むという理論――が、当時の道徳心理学の標準でした。ところが、彼の研究データを精査したギリガンは、奇妙な事実に気づきました。コールバーグの理論で「最高段階」とされる判断(普遍的な正義原則に基づく判断)に、男性は到達するが、女性はあまり到達しない。コールバーグは「女性は道徳発達が遅れている」と解釈していました。
ギリガンは、別の解釈を提示します。女性が示しているのは「道徳発達の遅れ」ではなく、まったく違う種類の道徳判断ではないか、と。1982年の主著『もうひとつの声(In a Different Voice)』で、彼女はこの違いを明確化します。コールバーグの言う道徳発達は、「正義の倫理(ethics of justice)」――抽象的なルール・原則・権利を中心に判断する論理。それに対し、女性たちが多く示すのは「ケアの倫理(ethics of care)」――具体的な関係・文脈・他者への配慮を中心に判断する論理。
両者は対立するものではなく、補完するものです。けれども、近代倫理学のほぼすべて(カント、ベンサム、ロールズ)は、正義の倫理の側だけを「真の倫理」として扱ってきました。ケアの倫理は「私的領域の問題」「感情的反応」として、倫理学の主流から排除されてきた。これがジェンダー化された倫理学の構造でした。
1984年、スタンフォード大学教授ネル・ノディングズが、『Caring: A Feminine Approach to Ethics and Moral Education』を出版。ギリガンの心理学的洞察を、教育哲学・道徳哲学として体系化しました。彼女の核心:「ケアする人」と「ケアされる人」の関係性こそ、倫理の最も根本的な単位である。倫理は、孤立した個人が原則を適用するのではなく、応答可能な関係のなかで生まれる。
ケアの倫理は、1990年代以降、政治哲学・経済学・組織論にも展開しました。プリンストン高等研究所教授ジョーン・トロントの『Moral Boundaries』(1993年)、コロンビア大学教授ヴァージニア・ヘルドの『The Ethics of Care』(2006年)、ニューヨーク大学教授エヴァ・キテイの『Love's Labor』(1999年)が、ケアを公的・経済的・政治的な価値として再定義しました。
日本では、岡野八代(同志社大学教授)の『フェミニズムの政治学』(2012年)、川崎修(立教大学名誉教授)の研究、村田玲らが、ケアの倫理を日本の文脈に翻訳・展開しています。上野千鶴子『ケアの社会学』(2011年、太田出版)が、社会学的に大きな影響を与えました。
倫理は、孤立した「私」ではなく、関係の網の目のなかから立ち上がります。
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ケアの倫理を、現代経営に応用すると、3つの実用的視点が立ち上がります。
第一に、「正義の倫理」と「ケアの倫理」の補完設計。多くの組織は、コンプライアンス・倫理規程・人事考課を「正義の倫理」(ルール・原則・公平性)で設計しています。これは重要ですが、それだけでは組織は息苦しくなります。同時に、上司・同僚・チーム・取引先・地域との具体的な関係を大切にする「ケアの倫理」が組織文化として育っているかどうかが、長期的な持続力を分けます。Patagonia、サイボウズ、ヤッホーブルーイング、無印良品、ベン&ジェリーズなど、ケア文化が強い企業の業績耐性は、近年の研究で実証されています。
第二に、「ケア労働」の経営的可視化。家庭内のケア(育児・介護・家事)、地域でのケア(ボランティア・自治会)、職場でのケア(後輩指導・心理的支援)――これらは経済統計に現れない、見えない労働です。ケアの倫理は、これらの労働を「不可視のもの」から「経営の中核資源」へと格上げする視点を与えます。資生堂、サイボウズ、富士通の介護休業制度、Microsoft Japanの「Work Life Choice Challenge」(2019年)が代表事例。
第三に、「ケアフル・リーダーシップ」。Joan Tronto『Who Cares?』(2015)、Selva DepalmaのCare-based leadership論が、現代リーダーシップ論の新潮流です。組織変革の局面で、社員一人ひとりの状況・感情・関係性に応答するリーダーシップが、トップダウンの強い指示よりも長期的な成果を生む――これが過去10年の組織研究の知見の中核になっています。
組織の品格は、ルールよりもケアの濃度で決まります。
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2. 異分野からの発展的視点 ― ドゥ・ヴァールが捉えた「霊長類が示すケアの進化的基盤」
ギリガンとノディングズが「ケアは抽象原理ではなく、具体的な関係のなかの応答である」と論じたとき、その「応答」が生物学的にどこまで遡れるかは未解明でした。これに進化生物学の側から答えたのが、米エモリー大学の霊長類学者フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal)です。彼の主著『Good Natured: The Origins of Right and Wrong in Humans and Other Animals』(Harvard UP, 1996)が決定打でした。
ドゥ・ヴァールは、チンパンジー・ボノボ・カピューチンザル・ゾウなど多種を観察し、「慰め行動」「公平性への怒り」「不利益を被った仲間への分配」が、ヒトに固有ではなく霊長類に広く見られる進化形質であることを示しました。象徴的な実験(Brosnan & de Waal, *Nature* 425巻, 297-299頁, 2003)では、隣のサルが同じ仕事に「ブドウ」をもらい、自分は「キュウリ」しかもらえないと知った瞬間、サルはキュウリを実験者に投げ返した。公平性の感覚は、人間の文化が後付けしたものではなく、進化が数千万年かけて準備した神経基盤の上にあったのです。
ケアの倫理が「孤立した個人による原則の適用」ではなく「関係のなかで生まれる応答」だとギリガンらが論じたのは哲学的提言でしたが、進化生物学はその応答が霊長類進化のなかで磨かれてきた共有遺産であることを独立に示しています。ケアは私的領域に閉じた感情ではなく、社会的種が共に生き延びるために進化させた共有装置なのです。
次回は「反専門家としての当事者」をお届けします。
