PART III 物語のかたち 第9章 当事者主体回復 第56話
56./ 100

当事者運動の系譜 ― 障害学から

第III部「物語のかたち」の最終章、第9章「当事者主体回復」を始めます。物語付加(第7章)と物語循環(第8章)に続いて、本章では、「誰が物語の主体か」を根本から問い直します。語る側と語られる側の固定した関係を解体し、当事者自身が語り手になる――この系譜を、4話で辿ります。最初の話は、

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約—分 PDF版で読む

第III部「物語のかたち」の最終章、第9章「当事者主体回復」を始めます。物語付加(第7章)と物語循環(第8章)に続いて、本章では、「誰が物語の主体か」を根本から問い直します。語る側と語られる側の固定した関係を解体し、当事者自身が語り手になる――この系譜を、4話で辿ります。最初の話は、1970年代から立ち上がる障害学(Disability Studies)と当事者運動です。

20世紀の大半を通じて、障害は「個人の悲劇」として理解されていました。歩けない・聞こえない・見えない・知的に違うことは、その人の身体や精神の「欠陥」であり、医療や福祉が「補正」すべき対象である――これが「医学モデル(medical model)」と呼ばれる理解です。

この理解を、根本から反転させた運動が、1970年代の英国と米国で同時に立ち上がりました。

英国では、1972年にヴィック・フィンケルシュタインらが「Union of the Physically Impaired Against Segregation(UPIAS)」を結成。1976年に発表したマニフェストで、「障害(disability) とは身体的損傷(impairment)ではなく、社会が損傷を持つ人を排除する仕組みのことである」と定義しました。階段しかない建物、音声情報のみの放送、点字のない案内――社会の方が障害を作っている、と。これが「社会モデル(social model)」の宣言でした。

理論化したのが、英国オープン・ユニバーシティ教授マイケル・オリバー(1945-2019)です。1990年の『The Politics of Disablement』、1996年の『Understanding Disability』で、社会モデルを学問的に体系化しました。彼自身が17歳で頸椎損傷を負い、車椅子使用者でした。

米国では、ほぼ同時期、別の角度から運動が立ち上がっていました。1962年、ポリオで四肢麻痺を持つエド・ロバーツ(1939-1995)が、UCバークレー初の重度障害学生として入学。彼を中心に1972年、世界初のCenter for Independent Living(自立生活センター) がバークレーに設立されます。「専門家ではなく当事者が、自分の生活の専門家である」――この原則を運動の核に据えました。

日本では、1970年代に横塚晃一青い芝の会(脳性マヒ者の会)の活動が、障害者運動の起点です。1975年の『母よ!殺すな』は、障害児殺しを「親の苦悩」として正当化する社会の論理を、当事者の視点から鋭く告発する書として、日本の障害学の出発点となりました。

理論的な定着は、立命館大学教授立岩真也(1960-2023)の仕事が大きい。1997年の主著『私的所有論』(勁草書房)は、自立生活運動の経験から、近代の「自立した個人」概念を根本から問い直しました。「自立は、誰の手も借りないことではない。自分の生活を自分で選ぶことだ」――支援を受けながら主体性を保つ、新しい自立観の確立でした。福島智(盲ろう者・東京大学先端科学技術研究センター教授)、熊谷晋一郎(脳性マヒ・東京大学准教授)が、この系譜を継いで現代の障害学を発展させています。

別の流れが、北海道浦河の精神障害者コミュニティべてるの家(1984年設立)から立ち上がりました。ソーシャルワーカー向谷地生良らが体系化した「当事者研究」は、自分の症状や困りごとを、当事者自身が研究テーマとして探究する方法論です。「症状はその人の問題」ではなく「症状は研究の対象」、専門家が答えを教えるのではなく、当事者の仲間と一緒に研究していく。

物語の語り手は、語られる側自身です。

FOR MANAGEMENT 経営学的に読み解きたいあなたへ

当事者運動の系譜は、現代の組織開発・人事・サービスデザインに深く反映されています。

第一に、「ナッシング・アバウト・アス・ウィザウト・アス(私たち抜きで私たちのことを決めるな)」原則。1990年代に障害者運動から世界に広まったこの原則は、いまや国連障害者権利条約(2006年採択)の核心精神になっています。組織においても、「誰のための施策か」を決める時には、その「誰か」自身が意思決定の場にいる、という原則が標準化しつつあります。Microsoft Inclusive Design、Apple Accessibility Lab、Googleの「Material Design Accessibility」、ユニリーバのDiversity Boardなど、当事者が設計の意思決定に参画する仕組みが、過去20年で大きく拡大しました。

第二に、「リード・ユーザー・イノベーション」。MIT教授Eric von Hippelの研究『Democratizing Innovation』(2005年)は、製品イノベーションの大半が、メーカーではなく「ユーザー」の現場から立ち上がっていることを実証しました。マウンテンバイク、シェアサイクル、Wikipedia、Linux、患者主導のオープンサイエンス――どれも当事者が起点です。経営戦略として、自社の「リード・ユーザー」を組織化することが、長期競争力の源泉になります。

第三に、「当事者研究」型の組織変革。社員のメンタル不調・退職・対人ストレスを、人事部や上司が「診断」するのではなく、当事者自身が仲間と「研究」する方法論は、近年の組織開発で注目されています。Patagonia、Ben & Jerry's、サイボウズ、ヤッホーブルーイングなど、対話文化が強い企業が当事者研究的アプローチを取り入れています。

問題の所有者は、いつでも当事者自身です。

FOR ACADEMIA 学術的に読み解きたいあなたへ

2. 異分野からの発展的視点 ― パスカル=レオーネが証した「環境が脳を作り変える」

20世紀の障害観の根幹には「脳と身体は固定された機械であり、損傷は不可逆である」という前提がありました。当事者運動の社会モデルがこれを社会学から覆したのとほぼ同時期、神経科学は実験室で別の角度から同じ前提を崩しました。決定的だったのは、ハーバード大学の神経学者アルバロ・パスカル=レオーネ(Alvaro Pascual-Leone)の盲人の脳研究です(*Brain* 116巻, 39-52頁, 1993、続報多数)。

パスカル=レオーネらは、点字を読む先天盲・後天盲の被験者の後頭葉視覚野が、点字読み取りの触覚情報を処理することを示しました。視覚が失われた領域は休止せず、触覚と聴覚の機能を担うように回路を再編していたのです。さらに数日間アイマスクをした健常者でも、視覚野が触覚処理に転用されることが確認され、脳の地図は環境刺激に応じて分単位・時間単位で再構成可能であることが示されました。

UPIASやマイケル・オリバーが「障害は社会が作る」と宣言したのは政治的主張でしたが、神経科学は脳そのものが環境設計の関数であることを独立に証明しています。脳の形を変えるのは、当人の努力ではなく、当人を取り囲む環境と訓練機会の総量でした。社会モデルと神経可塑性研究は、別の言語で同じ構造を語っているのです。

QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

次回は「ケアの倫理 ― ギリガンとノディングズ」をお届けします。

NEXT EPISODE 第57話「ケアの倫理 ― ギリガンとノディングズ」 第57話を読む →
メルマガで次話を受け取る PDF版を読む 全100話の地図へ
連載更新・実践事例・関連トピックをお届けします
ようこそ。確認メールをお送りしました。
これから一緒に「変化のかたち」を読み解いていきましょう。