トランジション・タウンが「衰退の物語」を「移行の物語」に書き換えたのと同じ系譜で、もう一段階先を見据えた運動が、1990年代から立ち上がっていました。「リジェネラティブ・デザイン(Regenerative Design)」、再生の設計思想です。
サステナブル(持続可能)という概念が、1987年のブルントラント報告書(『Our Common Future』)以降、世界の標準語彙になります。現状を維持できる、あるいは将来世代の選択肢を奪わない――サステナブルは、確かに重要な原則ですが、ある限界を持っていました。それは「ゼロにする」ことを目指す発想だ、ということです。CO2排出をゼロに、廃棄物をゼロに、自然破壊をゼロに。けれども、すでに大きく毀損した自然と社会を「ゼロ」に戻すことは、現状維持にすぎません。
リジェネラティブの発想は違います。ゼロを超えて、プラスへ。土壌は劣化させずに肥沃化する。空気はCO2を出さないだけでなく吸収する。地域コミュニティは破壊しないだけでなく豊かにする。建築は資源を消費するだけでなく生み出す。つまり、人間の経済活動そのものが、地球の再生に貢献する設計を追求する、という思想です。
この発想を1990年代に体系化した先駆者が、米国の景観建築家ジョン・ティルマン・ライル(1934-1998)です。1994年の著書『Regenerative Design for Sustainable Development』が、リジェネラティブ・デザインという用語の最初の体系的提示でした。ライルはカリフォルニア州立工科大学ポモナ校で「John T. Lyle Center for Regenerative Studies」を1994年に設立し、教育機関としても定着させました。
2000年代以降、この思想は建築・農業・経営に展開していきます。建築では、米国の建築事務所Regenesis Groupのパメラ・マングとビル・リードが、2012年の論文『Designing from place: A regenerative framework and methodology』で、土地の生態的・文化的・経済的特性から立ち上がる建築設計の方法論を提示しました。世界初の「リビング・ビルディング」(International Living Future Institute認証)は、エネルギー・水・廃棄物のすべてが、自己完結ではなく生命系に貢献する建築です。
文化と組織の側面では、英国のシステム思考家ダニエル・クリスチャン・ワールの『Designing Regenerative Cultures(2016年)』が標準テキストになっています。彼の主張は、リジェネラティブの本質は技術ではなく、文化と物語のレベルで人類が自分自身をどう理解するかにある、というものです。
実践事例として、米国カーペット会社Interface Inc. の事例は決定的です。創業者レイ・アンダーソン(1934-2011)は、1994年に環境負荷ゼロを目標に掲げ、2020年までに「Mission Zero」を達成。次の段階として「Climate Take Back」――CO2を吸収するカーペット――を世界初で実現しました。Patagoniaも、創業者イヴォン・シュイナード(1938-)が2022年に会社を「Earth is now our only shareholder(地球が唯一の株主)」と宣言し、利益を全額気候対策に充てる構造を作りました。
物語は、現状維持を超えて、再生へと向かう設計図にもなります。
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リジェネラティブ・デザインの経営応用は、3つの段階で進みます。
第一段階は、「ネットゼロ」目標から「リジェネラティブ」目標への進化。多くの先進企業がCO2ネットゼロを宣言しています。Microsoft(2030年カーボン・ネガティブ)、IKEA(2030年カーボン・ポジティブ)、Unilever(2039年スコープ3を含めたネットゼロ)など。経営目標を「ゼロ」から「プラス」に転換することで、経営イノベーションが加速します。Apple、Google、Microsoftの最近のオフィス・データセンターはすべて再エネ100%以上で運用され、近隣の電力消費者にも再エネを供給する形になっています。
第二段階は、「再生農業」「再生漁業」「再生林業」の事業化。General Mills、Danone、Patagonia Provisionsなどが、契約農家に土壌再生型農業への転換を促進しています。1ヘクタールあたり年間1-3トンのCO2を土壌に隔離し、生産物の品質向上と農家の収入安定を同時実現する事業モデルです。日本では、サンディオス、銀座農園、神山ファームなどがこの系譜にあります。
第三段階は、「リジェネラティブ・カルチャー」の組織開発。Patagoniaの事例が代表的です。彼らの社員手帳『Let My People Go Surfing』には「環境に害を与えるビジネスは存在価値がない」と明記されており、組織文化のレベルでリジェネラティブが組み込まれています。ベン&ジェリーズ、TOMS Shoes、Eileen Fisherなど、B Corp認証企業の中核に、この発想があります。
リジェネラティブな経営は、利益率の追求ではなく、社会と地球からの委託をどう返すかの答えです。
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2. 異分野からの発展的視点 ― ラブロックとマーグリスが提唱した「地球は生きている」
リジェネラティブ・デザインの根底には、地球そのものを「自己調節する生命系」として捉える視座があります。1974年、英国の独立科学者ジェームズ・ラブロック(James Lovelock)と米国の生物学者リン・マーグリス(Lynn Margulis)は、これを科学仮説として最初に提示しました(*Tellus* 26巻, 1-10頁)。
彼らが問うたのは、地球の大気組成が物理化学的にあり得ない状態 ―― 強力な酸化剤である酸素21%と還元剤であるメタンが共存する非平衡状態 ―― にあるのはなぜか、という問いでした。月や火星のような死んだ惑星では、こうした状態は化学反応で数百年以内に消失します。二人の答えは大胆でした。地球の大気・温度・海洋塩分濃度は、生物圏全体が能動的に調節している ―― 植物・微生物・動物が織りなす生命系は、地球を自分たちが生きやすい状態に維持するよう相互にフィードバックを構成している。この仮説を彼らは大地の女神にちなみ「ガイア(Gaia)」と名づけました。
ライルのリジェネラティブ・デザイン、Mang & Reedの「Designing from Place」、Patagoniaの「地球が唯一の株主」宣言、Interfaceの「Climate Take Back」 ―― これらすべての底にあるのは、ラブロックとマーグリスが半世紀前に提示した「地球が自己調節する生命系」という認識です。再生する経営は、感傷ではなく、Gaia仮説が地球システム科学で証明されつつある時代の必然的な事業形態です。
次回は「ライフ・ナラティブと意味療法 ― ヴィクトール・フランクル」をお届けします。
