
媒介者の話を続けます。前回は神話・哲学・キュレーターと、抽象的な媒介者像を辿りました。今回は、人類で最も古く、最も身近で、最も身体的な媒介職について話します。産婆――産まれてくる命と、産む人と、社会のあいだに立つ仕事です。

媒介者の話を続けます。前回は神話・哲学・キュレーターと、抽象的な媒介者像を辿りました。今回は、人類で最も古く、最も身近で、最も身体的な媒介職について話します。産婆――産まれてくる命と、産む人と、社会のあいだに立つ仕事です。
産婆は、人類が定住する以前から存在していました。古代エジプトの『エーベルス・パピルス』(紀元前1500年頃)には、出産時の産婆の役割が詳細に記述されています。古代ギリシャ・ローマでも産婆は社会的に認知された職能で、ソクラテスの母パイドンは産婆として知られていました。哲学者プラトンは『テアイテトス』のなかで、ソクラテスが対話相手を質問で導くやり方を、産婆の仕事に喩えています。「産婆術(μαιευτική、マイユーティケー)」――身体的な命を取り上げる産婆と、精神的な真理を引き出す哲学者は、本質的に同じ仕事をしている、というメタファーです。
中世ヨーロッパでは、産婆は地域の女性ネットワークの中核でした。出産はもちろん、薬草の知識、家族のカウンセリング、葬礼の準備までを担う、地域の総合医療職でした。ところが15世紀から17世紀にかけて、ヨーロッパで「魔女狩り」と呼ばれる大規模な迫害が行われ、その犠牲者の多くは産婆でした。アメリカの作家バーバラ・エーレンライクとディアドラ・イングリッシュが1973年の小冊子『魔女・産婆・看護婦』で論じたように、これは民間の女性医療職が、新しく形成されつつあった男性医師の専門職集団によって、組織的に排除されていく過程でした。
18世紀以降、出産は急速に「医療化」されていきます。家庭での出産は病院に移り、産婆は産科医に置き換わり、自然な出産は医学的介入の対象になりました。この転換は20世紀半ばまで続き、1960年代の先進国では、ほぼすべての出産が病院で、医師の管理下で行われるようになりました。
しかし、ここから興味深い反転が始まります。1970年代、アメリカの小児科医マーシャル・クラウスとジョン・ケネルが、出産時に医師でも看護師でもない「ただ寄り添う女性」が存在することの効果を研究しました。彼らは1993年の著書『Mothering the Mother』で、こうした寄り添い手をドゥーラ(doula)と呼びました。ギリシャ語で「奉仕する女性」を意味するこの言葉は、医療化された出産の中に、再び産婆の機能を取り戻すための言葉でした。1992年にDONA International(Doulas of North America)が設立され、ドゥーラは正式な職能として制度化されていきます。
研究の結果は明確でした。ドゥーラがついた出産は、帝王切開率が28%減少、医療介入率が31%減少、母親の満足度が顕著に高い。寄り添うこと自体が医療効果を持っていたのです。
日本でも、1948年に助産師(当時は助産婦)が国家資格化され、その後一時衰退しましたが、近年は産後ケアハウス、訪問助産師、出産同行者の動きが、ドゥーラ概念を取り入れながら復活してきています。
媒介者は、しばしば医療と社会のあいだの「隙間」に立っています。
産婆・ドゥーラの系譜から、組織における「寄り添い職能」の経営的設計を考えてみます。
第一に、「助ける専門家」と「寄り添う専門家」を区別する。医師は問題を解決します。ドゥーラは結果を保証しません。けれど、ドゥーラがいることで医療効果が高まる。同じことが組織でも起きます。エンジニアは問題を解決し、コーチは寄り添うだけ。けれど、コーチングを受けたエンジニアのほうが、結果として高い成果を出すことが、エグゼクティブ・コーチング研究で繰り返し確認されています(Theeboom et al. 2014, Journal of Positive Psychology)。
第二に、寄り添い職を経営の中核に置く。Googleが2010年代に展開したProject Oxygen(優秀なマネジャーの行動分析)の最大の発見は、優秀なマネジャーの第一の特徴が「良いコーチであること」だったことでした。技術力でも戦略眼でもない。寄り添う能力です。これは産婆型の職能の現代的再発見でした。多くの企業が「コーチング・カルチャー」を組織の柱に据えるようになっています。
第三に、寄り添い職をエンパワーする制度設計。ドゥーラの効果が定着したのは、医師との対立ではなく、医師との分業として位置づけられたからです。組織でも、コーチング、ファシリテーション、社内カウンセリング、メンタリングなどの寄り添い職能を、ライン管理職や専門職と対立的にではなく、相補的に組み込む設計が必要です。Patagoniaの内部キャリア・ナビゲーター、Salesforceのテックメンタリング、IBMの社内コーチング・サークルが好例です。
寄り添うこと自体に、産業的・経済的な価値があります。これは2,500年前のソクラテスから続く、変わらない真実です。
「誰かが寄り添ってくれる」だけで、出産経過がどれほど変わるのか。この古くからの直観に、世界で最も厳格な医学エビデンス機関であるコクラン共同計画が、巨大なデータで答えを出しました。豪モナシュ大学のEllen Hodnettらは、25カ国で行われた26件の無作為化比較試験を統合し、合計15,858人の妊婦のデータを解析しました(*Cochrane Database of Systematic Reviews*, 2013/2017更新)。
妊婦は「通常ケアのみ」と「ドゥーラ等の継続的な寄り添いを伴うケア」に無作為に割り付けられ、出産結果が比較されました。結果は医学界に静かな衝撃を与えました。継続的な寄り添いを受けた群では、帝王切開のリスクが約25%減、器械分娩が約10%減、5分後Apgarスコアが低値となる確率が約38%減、母親の満足度が有意に上昇。鎮痛剤の使用も減りました。これは特定の医療技術の介入ではなく、ただ「ずっとそばにいて、声をかけ、手を握る人がいる」ことの効果です。米国産科婦人科学会は2017年の臨床指針で、継続的な寄り添いケアを「安全で効果的な、しかも非侵襲的な唯一の出産介入」と明記しています。
ソクラテスの母ファイナレテからインドのDai、メキシコの産婆、現代のドゥーラとコーチング、Google Project Oxygenの管理職育成 ―― 数千年にわたって人類社会に現れてきた「寄り添う職能」は、医学的にも経営学的にも効果が定量化された介入です。寄り添うこと自体に、確かな力が宿っているのです。