ニューヨーク・マンハッタンの真ん中、地価が世界で最も高い場所のひとつに、340ヘクタールの森と草原と池が広がっています。セントラルパークです。1858年、財政的にも政治的にも危機を抱えていたニューヨーク市が、あえて市の中心に巨大な「何もない空間」を確保しました。設計したのは、当時37歳の素人造園家、フレデリック・ロー・オルムステッドと、建築家キャルバート・ヴォーでした。彼らの提案「グリーンスワード・プラン」が市の競技で選ばれたのです。
オルムステッド(1822-1903)は、もともと農業ジャーナリストで造園は素人でした。30代でイギリスを訪問した際、リバプール郊外のバーケンヘッドパーク(1847年開園、ジョセフ・パクストン設計)を見て決定的な影響を受けます。バーケンヘッドパークは、世界初の公的資金で建設された公園のひとつでした。労働者階級の子どもが、貴族の私有庭園と同じ質の空間で遊んでいる光景を見て、オルムステッドは確信します。公園は、民主主義の物理的な姿である。
セントラルパーク以後、オルムステッドはアメリカ各地で公園と都市計画を手がけます。ボストン公園系統「エメラルドネックレス」、ブルックリンのプロスペクトパーク、シカゴのワシントンパーク、バークレーやスタンフォード、シカゴ大学のキャンパス。彼の設計の特徴は、人工と自然を意図的に交差させることでした。完璧に自然な原野でもなく、完璧に整えられたフランス式庭園でもない。人が日常から離れて歩ける、しかし都市から完全には切り離されない、中間的な場所。
並行して19世紀末、イギリスでは別の動きが立ち上がります。1898年、エベネザー・ハワードが『明日』(1902年改訂で『田園都市』)を出版しました。ハワードは、産業革命で過密化した都市と、衰退する農村のあいだに、第三の選択肢を提示しました。3万人規模の小都市が田園に囲まれて点在し、緑のベルトでつながる。1903年に最初の田園都市レッチワースが、1920年にウェルウィンが建設されました。ハワードの構想は、近現代の都市計画に深い影響を残します。
ところが20世紀半ば、別の都市像も登場します。1933年、ル・コルビュジエが『輝く都市』を発表し、超高層ビルと幹線道路と緑地の機能分離を提案しました。これがアメリカと旧ソ連の戦後都市計画に強く影響しましたが、結果として、都市の歩行空間と市民同士の偶然の出会いが侵食されていきます。
1961年、ジャーナリストのジェイン・ジェイコブズが『アメリカ大都市の死と生』で、コルビュジエ的計画が殺してしまった「街路の眼(eyes on the street)」と「歩行のリズム」を強く擁護しました。市民の日常的な歩行こそが、安全で活気ある都市を支えている、と。
1984年、医学者ロジャー・ウルリッヒは『サイエンス』に画期的な論文を発表します。窓から樹木が見える病室の患者は、見えない患者より、入院期間が短く、鎮痛剤の使用も少なかった。緑が見えるだけで、人の身体は癒える。
公園は、贅沢ではなく、健康と民主主義のインフラです。
FOR MANAGEMENT 経営学的に読み解きたいあなたへ ▾
オフィスや事業空間に「公園的な余白」を組み込むことの効用は、近年の研究で実証され始めています。
第一に、「ビオフィリア(生命親和性)」のオフィス設計。Stephen Kellertらが2008年に体系化したこの概念は、人間が本来的に自然との接触を求める性向を持つ、という前提に立ちます。Amazon Spheres(シアトル、2018)、Apple Park(クパチーノ、2017)、ガーデンビルディング(オランダ、ING本社)などが、ビオフィリック・デザインの代表例です。室内に植物・水・木材・自然光を意図的に組み込み、社員の創造性とウェルビーイングを支える。
第二に、休憩室の本気の設計。多くの組織で「休憩室」は機能的に薄い空間ですが、Pixar、Google、サイボウズなどでは、休憩室自体が公園的に設計されています。日光、樹木、水、可動できる椅子、即興の小さな会話が起きる動線。「働く場所」より「休む場所」のほうが、組織の創造性にとって決定的に重要だ、という発想の転換です。
第三に、リトリート・サバティカルとセットの「自然へのアクセス」。最近のエグゼクティブ・コーチングや経営者プログラムでは、自然のなかでのリトリートが標準的に組み込まれています。Stanford Business SchoolのExecutive Education、Peter SengeのSoLサミット、日本の軽井沢・八ヶ岳でのリトリート。自然の中での「3日間の余白」が、半年の戦略変容を促すことが多々あります。
経営的なROIは、短期の生産性ではなく、長期のイノベーション、退職率の低下、健康保険コスト、創造的な仕事の増加に現れます。「公園は贅沢」ではなく、ウルリッヒが1984年に示したように、「公園は予防医療と創造性のインフラ」です。
FOR ACADEMIA 学術的に読み解きたいあなたへ ▾
2. 異分野からの発展的視点 ― ウルリッヒが示した「窓から樹木が見えると鎮痛剤が減る」
公園や緑地が人を癒すという感覚は、長らく感傷の領域に置かれてきました。1984年、米国の環境心理学者ロジャー・ウルリッヒ(Roger Ulrich)は、これを医学のデータで初めて厳密に測定した、わずか2ページの論文を発表しました(*Science* 224巻, 420-421頁)。
米ペンシルベニア州の病院で、胆嚢手術を受けた46人の患者の術後経過を追跡した実験です。患者は手術後、ほぼ同じ条件の二人部屋に振り分けられました。違いはひとつだけ ―― 窓から見える景色が、樹木か、レンガの壁か。結果は劇的でした。樹木が見える患者は、レンガの壁の患者と比べて、入院日数が約1日短く、強い鎮痛剤の使用量が有意に少なく、看護師から記録された不平の頻度も低かったのです。年齢・性別・喫煙歴を統制しても、効果は残りました。論文はその後40年にわたる「ヘルスケア環境デザイン」の出発点となります。
オルムステッドのセントラルパーク、ハワードの田園都市、戦後日本の都市公園 ―― 19世紀末から20世紀にかけて整備された緑のインフラは、美的な装飾ではありませんでした。それは、産業都市が生み出した認知疲労を樹木と土と空気で物理的にリセットする、社会全体の医療インフラだったのです。
次回は「余白の経営学 ― DeMarcoのスラック」をお届けします。
