第I部第3章「余白確保」を始めます。第1章「自発交流」と第2章「越境出会い」が空間と移動の話だったとすれば、本章は「時間」をめぐる話です。何かのためでない時間を、社会はどう確保してきたか。
意外なところから始まります。英語の「school(学校)」と「scholar(学者)」は、ギリシャ語のσχολή(スコレー)から来ています。そして、このスコレーの本来の意味は、「余暇」なのです。労働や生計の必要から自由になった時間こそが、学問と知の活動の母胎だと、古代ギリシャ人は考えました。
紀元前4世紀のアリストテレスは『ニコマコス倫理学』第10巻で、人間の活動を3つに分類しました。生計のための労働、政治的・倫理的な実践、観想的な活動。最も高次な活動は最後の観想であり、それはスコレーがあって初めて可能になります。プラトンのアカデメイア、アリストテレスのリュケイオンも、この観想的活動のための場所でした。スコレーは「怠惰」の対極にある、知的に集中した活動的な時間でした。
ローマ人はこれをラテン語でotium(オティウム)と呼びました。otium の対義語は negotium(ネゴティウム)――「否定された余暇」、つまり仕事や政治の慌ただしさです。英語の business(business=忙しさ)も、negotiumから派生しています。古典古代の世界観では、余暇こそが本来の状態で、ビジネスはその否定でした。
中世になると、修道院がこの遺産を独自のかたちで受け継ぎます。聖ベネディクトのRule(6世紀)には、修道生活の3要素として「Opus Dei(神への務め=祈り)」「Lectio Divina(聖なる読書)」「労働」が並びます。中世の労働観は、現代とはむしろ反対で、余暇と祈りと読書のなかに労働が織り込まれていました。
近代の産業革命が、すべてを変えます。18世紀末から19世紀のイギリスでは、工場労働者が1日12〜16時間働かされるのが普通でした。ウェールズ生まれの社会改革者ロバート・オウエンは1817年、衝撃的なスローガンを掲げます。「Eight hours labour, Eight hours recreation, Eight hours rest(8時間の労働、8時間の余暇、8時間の休息)」。日々を3つに切り分けるこのモデルは、当時は夢物語と笑われました。しかし1886年5月1日、シカゴでこのスローガンの実現を求める労働者が大規模ストライキを行い、これが現代のメーデーの起源になります。1919年、ILO(国際労働機関)の第1号条約として「1日8時間・週48時間」が国際標準として採択されました。
20世紀後半、ノルウェーのソースタイン・ヴェブレンは『有閑階級の理論』(1899)で、余暇は単なる休息ではなく、社会的地位を見せつけるための「衒示的消費」として機能していると指摘しました。21世紀のデヴィッド・グレーバーは『ブルシット・ジョブ』(2018)で、現代の労働の多くが意味を失い、しかし8時間という型だけが残っていると診断しました。
8時間労働は、200年かけて獲得された型です。けれども、何のための余暇なのかは、まだ問い続けられています。
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労働時間と余暇の経営的設計には、いくつかの注目すべき動向があります。
第一に、4日制労働の実証実験。アイスランドが2015〜2019年に行った大規模実験(人口の1%超)、英国の4 Day Week Pilot 2022(70社2,900人)、日本のマイクロソフトの2019年「ワークライフチョイス」など。多くの実験で、生産性が維持または上昇する結果が出ました。論点は労働時間の削減ではなく、労働の質の再設計に移っています。
第二に、「ディープワーク」の保護。Cal Newport "Deep Work"(2016)は、断続的な通知と会議に支配された現代労働では、本来の知的生産が失われていることを指摘し、深い集中を「ディープワーク」として再評価しました。GitLab、Stripeなど多くのテック企業が、午前中を会議禁止帯として制度化しています。
第三に、サバティカル制度。米国の有名大学だけでなく、Adobe、Patagonia、Glassdoor、Atlassian、IBM、リクルートが、5〜7年勤続後の数か月の有給休暇を制度化しています。これは古代のスコレー、修道院のLectio Divinaの現代版です。Atlassianのサバティカルは原則8週間。Patagoniaは2か月。
ただし注意点があります。労働時間の削減や休暇の増加は、それ自体が目的ではありません。スコレーが学問の母胎だったように、企業の余暇制度は「何のための余暇か」を経営として明示する必要があります。「とにかく休めばいい」では、グレーバーが指摘した「形だけのブルシット・ジョブ」が、形だけのサバティカルに変わるだけです。
余暇の経営は、労働の経営と地続きです。
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2. 異分野からの発展的視点 ― ホール=ロスバッシュ=ヤングが解いた「体内時計の遺伝子」
余暇という概念は、長らく社会学や哲学の領域に属してきました。しかし2017年のノーベル医学・生理学賞は、私たちの身体がいかに「時間」を内側から組み立てているかを明らかにした研究に贈られました。受賞したのは、ジェフリー・ホール、マイケル・ロスバッシュ、マイケル・ヤングの3氏です(Hardin, Hall & Rosbash, *Nature* 343巻, 536-540頁, 1990)。
3人がショウジョウバエを使って解明したのは、「period遺伝子」と呼ばれる時計遺伝子の働きでした。1984年から1990年代にかけての一連の論文で、彼らは細胞内のタンパク質濃度が約24時間周期で増減する分子レベルの振動子を発見しました。生体は、外の太陽を見て時間を知るのではなく、細胞ひとつひとつが固有の時計を持っている ―― この時計は後のヒト遺伝子研究で、肝臓・心臓・脳・免疫系のすべてに同じ仕組みで存在することが確認されました。
スコレー、修道院の祈りの時間、サバトの安息日、夏休み、有給休暇、Sabbatical ―― 古代から現代に至る余暇制度は、文化的な発明であると同時に、細胞時計が要求する休息周期との折り合いでもありました。余暇を「贅沢」ではなく「身体の必需」として読み直すとき、社会の労働設計は、ノーベル賞研究が示した分子振動子の上に置き直されます。
次回は「公園というユートピア ― オルムステッドの仕事」をお届けします。
