ソーシャルイノベーションの現場でいちばん耳にする言葉のひとつが、「つくる」です。場をつくる、関係をつくる、仕組みをつくる――どれも当たり前のように口にされますが、実際にうまく回っている現場を訪れると、もう少し別の動詞が聞こえてくることに気づきます。「生まれる」「立ち上がる」「育つ」。何かが起きているとき、人がそれを完全に設計したわけではない。けれど、起きるための条件は確かに整えられている。今回は、この「つくる」と「生まれる」のあいだの細い溝に目を凝らしてみます。
古い言葉から始めましょう。紀元前6世紀ごろの中国の思想家・老子が残した『道徳経』には、「無為にして為さざるなし」という有名な一節があります。何もしないように見えるけれど、なされていないことは何ひとつない、という逆説です。ここで老子が指していたのは、世界には人為では届かない深い秩序が走っていて、その秩序を妨げずに条件だけを整えれば、ものごとは自ずから「生まれる」、という見立てでした。茶道の一期一会も、能の間も、この感覚と地続きです。
時代を下って20世紀のはじまり、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは1907年に『創造的進化』を刊行し、「エラン・ヴィタル(生命の躍動)」という概念を提示しました。生命は、機械のように外から組み立てられるのではなく、内側から押し出されるように新しいかたちを生みつづけていく――そういう力動として捉えるべきだ、と論じたのです。ベルクソンは大きな喝采を浴び、ノーベル文学賞も受けましたが、同時に「科学的でない」という批判もまた強く浴びました。彼の直感は、半世紀を待って、別のかたちで科学に帰ってきます。
1968年、オーストリア出身の生物学者ルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが『一般システム理論』を世に問います。生物・社会・経済を、部分の総和ではなく相互作用の網として捉えなおす方法論でした。1977年には、化学者イリヤ・プリゴジンが「散逸構造」の研究でノーベル化学賞を受けます。エネルギーが散逸していく流れに乗って、思いがけず秩序が生まれる現象を、数式で書き直したのです。1990年代に入ると、ジョン・ホランドの『隠れた秩序』、スチュアート・カウフマンの『秩序の起源』が相次いで現れ、「自己組織化」「創発」が真剣な科学のことばになりました。ベルクソンの直感が、ようやく数式と実験の言語で言い直された瞬間でした。
私たちの社会の現場でも、「生まれる」かたちのソーシャルイノベーションは、確かに姿を見せます。たとえばある町で月に一度のお茶会が始まり、いつの間にか地域のセーフティネットになっていた。誰かがコワーキングスペースを開くと、想定していなかった事業や友情が立ち上がってきた。場の運営者たちは、よく「自分たちが場をつくったのではなく、場が育ってきた」と話します。これは謙遜ではなく、観察として正確です。多くの場合、運営者がしているのは、安心感・余白・関わりしろといった条件を整え、あとは結果が「生まれる」のを待つこと、なのです。
強くつくろうとするより、生まれる条件を整えるほうが、ときに速くて深い。「型」のひとつめは、ここに静かに座っています。
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経営の世界でも、「設計するか、生まれさせるか」は古い問いです。1985年、経営学者ヘンリー・ミンツバーグは「意図された戦略(intended strategy)」と「創発的戦略(emergent strategy)」を区別しました。実際にうまく機能している戦略の多くは、最初の事業計画書の通りには進まない。現場で日々起きる試行錯誤と発見が積み重なって、いつの間にか戦略になっている――Honda の北米バイク市場進出(小型バイクのスーパーカブが偶然のヒットで主軸になった事例)が、しばしばその典型として引かれます。
1990年、ピーター・センゲは『学習する組織』で、組織には自然学習する力があると論じました。リーダーの仕事は、答えを与えることよりも、学習が起きる場の条件――システム思考、共有ビジョン、メンタルモデルの自己観察、チーム学習、自己マスタリーの5つ――を整えることだ、と。
ホラクラシー、ティール組織、Spotifyの自律分散モデル、リーンスタートアップの「ピボット」も、すべて同じ系譜にあります。最初の計画から「生まれる」何かを掴み直す、という作法です。
実務で「生まれる」を引き出すには、3つの胆力が要ります。第一に、計画と評価のサイクルを短くする胆力(試行を許容する余白)。第二に、現場の発見を経営判断に流し込む通路をつくる胆力(観察の制度化)。第三に、自分たちのもとから「生まれた」ものを信じてリリースする胆力(手放す勇気)。
「つくる」より「生まれる」を経営に組み込むということは、計画の放棄ではなく、より高度な計画の更新です。計画は「閉じる」ためではなく、「開く」ためにあります。
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2. 異分野からの発展的視点 ― ベナール対流が描く「生まれる」の方程式
「条件を整えて待つと、秩序が生まれる」 ―― 老子から創発理論まで貫くこの直観に、ベルギーの物理化学者アンリ・ベナール(Henri Bénard)の1900年の実験は、最も古典的な実証を与えました。彼の研究の現代的意義を、後にイリヤ・プリゴジン(1977年ノーベル化学賞)が『From Being to Becoming』(Freeman, 1980、邦訳『混沌からの秩序』みすず書房 1984)で散逸構造論として体系化しています。
ベナールが観察したのは、薄い水の層を下からゆっくり温めていくときに起きる現象でした。最初は分子がランダムに動く均質な状態が続きます。しかし温度差がある臨界値(レイリー数Ra≈1708)を超えた瞬間、流体のなかに六角形のセル構造がいっせいに立ち上がります。誰も六角形を設計していません。設計したのは、温度勾配という「条件」だけ。エネルギーが流れ込み、外へ散逸していく非平衡状態でこそ、新しい秩序が自発的に「生まれる」のです。
老子が「無為にして為さざるなし」と書いたものを、ベナールは温度差として書き直しました。「つくる」のではなく、流れと臨界の条件を整えて「生まれる」を待つ ―― 場の運営者が直観で身につけてきた作法は、自然科学が独立に到達した、非平衡系の普遍的な作動原理の一断面でした。
次回は「文脈と新結合 ― シュンペーターの種」をお届けします。
