100話を完結させる前に、まだ問えていない問いを置いておきます。本連載は27の暮らしのシーンを基底にしてきましたが、現代の暮らしには、この27のシーンには収まりきらない、新しい問題群が立ち上がってきています。これからの暮らしのなかで、私たち自身と次の世代が向き合うであろう問いを、いくつか挙げておきます。
第一は、AIとの暮らしの問いです。生成AIが日々の仕事・学習・創造・関係に深く入り込んでくる時代に、私たちはAIとどう関わるべきでしょうか。AIに頼ることは「依存」なのか「拡張」なのか。AIが書いた文章を読むこと、AIと会話すること、AIに判断を委ねることが、私たちの認知と関係にどう作用するのか。これは20世紀の研究には登場しない、まったく新しい問いです。
第二は、気候変動と暮らしの問いです。海面上昇、異常気象、生物多様性の喪失、資源の枯渇――これらは「環境問題」として遠くに置きがちですが、実は私たちの食卓・住宅・健康・関係のすべてに、すでに作用しています。これからの暮らしを設計するとき、地球の限界と私たちの選択がどう繋がるかを、もっと深く問う必要があります。
第三は、超高齢社会と多世代の問いです。日本は世界で最も早く超高齢社会に入っており、4人に1人以上が65歳以上という社会的実験のなかにいます。介護、看取り、世代間関係、長寿のなかでの自己実現、若者と高齢者の対話――これらの問いは、世界が日本に学ぼうとしている領域でもあります。
第四は、孤立と関係の再設計の問いです。現代の暮らしのなかで、人々の孤立はゆっくりと深まっています。「弱い結びつき」が消え、「強い結びつき」だけに頼ると、関係は脆くなる。地域・職場・家族・SNSの関係を、どう編み直していくか。第三の場所(第80話)の充実、関係科学の応用、コミュニティの再設計――これらが暮らしの基盤として問われています。
第五は、知と暮らしの再接続の問いです。本連載が試みた Translational Editor の役割は、これからますます重要になっていくでしょう。情報過剰・分極化・専門分化・AIの台頭のなかで、知を暮らしに繋ぎ直す技法をどう育てていくか。これは、専門家だけでなく、すべての読者がそれぞれの場所で実践できる役割です。これらの問いの数々は、本連載が答えたものではなく、これから100話、1,000話と問い続けるべきものです。
DEEPER 学術的な観点で深めると ▾
本連載で扱いきれなかった、これからの研究領域を簡潔に挙げておきます。AI研究:米スタンフォード大学のフェイ・フェイ・リー、米マサチューセッツ工科大学のシェリー・トゥルクル(2011年)の人間・AI関係論。気候変動の人類学:豪オーストラリア国立大学のデビー・ロスらの「環境人文学」、米メリーランド大学のトム・ボードフライらの気候とメンタルヘルス研究。超高齢社会研究:英ニューカッスル大学のトム・カークウッド、日本の東京大学高齢社会総合研究機構(秋山弘子・飯島勝矢)。孤立と関係:第26話で取り上げた米シカゴ大学のジョン・カチオッポ、英国の孤独担当大臣(2018年世界初設置)の政策研究。知と暮らしの接続論:本連載の Translational Editor 概念は、米マサチューセッツ大学のロバート・ロビンソンの「知識翻訳(knowledge translation)」研究、英国王立協会のプログラムなどと共鳴しています。これらすべてが、これからの100話・1,000話の対象になりうる豊かな研究領域です。
生成AIの世界利用者は2024年に約10億人を突破(OpenAI 2024等の集計)。暮らしのインフラへの急速統合。
IPCCは2030年代までに気候変動の影響が不可逆になる可能性を警告(IPCC AR6 2023)。
日本の65歳以上人口は2025年に約30%、2060年には約40%に到達(国立社会保障・人口問題研究所)。世界の超高齢社会の最前線。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- Turkle, S. (2011). Alone Together. Basic Books.人間とAI/機械の関係論。
- IPCC (2023). AR6 Synthesis Report. Cambridge University Press.気候変動の最新評価。
- Cacioppo, J. T. & Patrick, W. (2008). Loneliness. W. W. Norton.孤独の神経科学(第26話と関連)。
- 秋山弘子(編)(2018)『新時代の高齢社会』東京大学出版会日本の超高齢社会研究。
- Latour, B. (2017). Facing Gaia. Polity.気候時代の哲学。
次の100話への問いを置いたら、最後に、これからの読者一人ひとりが自分の100話を編む時間です。次回は連載の終わりであり、同時に読者にとってのはじまりでもある回です。
