近代学問が成立するとき、それは「個人」「客観」「分割」を前提に組み立てられました。デカルトの主体、ニュートン的世界像、リンネの分類学。これらは強力な認識の道具でしたが、同時に多くを「視野の外」に押しやりました。家事労働(第25話)、感情労働(第25話と関連)、ケアの相互性(第71話)、関係の発達(第48話)、伝統的生態知(第85話)、暮らしの儀礼(第65話)――こうしたものは、長く学問の対象として軽視されてきました。
20世紀後半から、これらの「学問の死角」が次々と発見されはじめました。フェミニズム、ポストコロニアル研究、文化人類学、生態学、関係科学、神経科学、医療人類学。これらすべてが、近代学問が見落としてきた領域に光を当てる試みでした。本連載で取り上げてきた研究のほとんどが、この「再発見」の流れの中にあります。「学問は中立で普遍的だ」という近代の前提は、ゆっくりと崩れ、より文脈と関係に開かれた知のかたちが立ち上がってきています。
逆に、暮らしの側にも死角があります。私たちが「当然」と思っている日々の経験――家のかたち、食卓の作法、家族の役割、街の風景、SNSのタイムライン――は、長い歴史と多くの設計判断の積み重ねの結果です。けれど私たちはたいてい、それを「自然」と感じて、その背後にある選択を見落としてしまいます。「これがふつう」「これが当たり前」と思うことが、暮らしの可能性を狭める瞬間です。
学問と暮らしの相互の死角を照らしあうことは、双方の見え方を変えていきます。学問は、抽象論ではなく具体的な暮らしの場面に問いを置き直すことで、より深い問いを発見できる。暮らしは、当然視してきた風景を学問の系譜のなかで読み直すことで、自分たちが選ぶ余地を取り戻せる。この双方向の翻訳こそが、Translational Editor の本質的な役割でした。
本連載で繰り返し示されてきたのは、この双方向性です。腸内細菌と気分(第6話)――気分の問題を「心の問題」として扱ってきた近代医学の死角。家事労働(第25話)――生産活動を中心に組み立てられた経済学の死角。痛みは脳がつくる経験(第60話)――身体と心を分けてきた医療の死角。関係は脳を変える(第46話)――個人主義を前提にしてきた心理学の死角。これらすべてが、学問の死角を埋める発見であると同時に、暮らしの自明性を解き放つ発見でもありました。
暮らしと学問は、対立するものではなく、互いの死角を照らしあう関係にあります。学問は暮らしから問いをもらい、暮らしは学問から見え方をもらう。この交換の場として、本連載が機能していたなら、Translational Editor の役割は果たされたことになります。
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近代学問の死角を批判的に分析した系譜として、以下の研究が重要です。フェミニズム認識論:米サンタクララ大学のサンドラ・ハーディング(1986年)、米シカゴ大学のドナ・ハラウェイ(1988年)。ポストコロニアル研究:パレスチナ系米国のエドワード・サイード(1978年)、インドのガヤトリ・スピヴァク(1988年)。科学社会学:英国エディンバラ大学のディヴィッド・ブルーア(1976年)の「ストロングプログラム」。日本では認識論の村上陽一郎(東京大学名誉教授)、科学技術社会論の藤垣裕子(東京大学)、フェミニズム認識論の岡野八代(同志社大学)、ジェンダー学の上野千鶴子(東京大学名誉教授、第25話・第71話と共通)らが、近代知の批判的検討を進めてきました。これらは別々の系譜ですが、共通しているのは「近代の中立性・普遍性の主張の背後にある特定の社会的・歴史的位置」を問い直す姿勢です。
20世紀後半の「フェミニズム第二波」(1960s-)以降、学問の対象が大きく拡張。家事・ケア・感情・関係が研究対象に。
ポストコロニアル研究は1978年のサイード『Orientalism』以降、人類学・歴史学・文学を再構築。「他者の視点」の重要性。
日本の学術論文の女性著者比率は約20-25%と先進国で低水準(OECD 2024)。学問の死角の構造的問題。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- Harding, S. (1986). The Science Question in Feminism. Cornell University Press.フェミニズム認識論の古典。
- Said, E. W. (1978). Orientalism. Pantheon Books.ポストコロニアル研究の出発点。
- Haraway, D. (1988). "Situated knowledges." Feminist Studies, 14(3): 575-599.状況的知識論。
- 上野千鶴子(1990)『家父長制と資本制』岩波書店日本のフェミニスト経済学(第25話と共通)。
- 村上陽一郎(1986)『近代科学と聖俗革命』新曜社日本の科学認識論。
学問と暮らしの死角を照らしあうのが Translational Editor の役割なら、それを実際に行う方法論はどう編めるのでしょうか。次回は、本連載で実践してきた翻訳の方法を、改めて整理します。
