会社の同僚、SNSで知り合った人、親戚――話してみると、世界の見え方がまるで違っていて、議論にならないことがあります。同じ社会で暮らしているはずなのに、人々の政治観はなぜこれほど違うのでしょうか。「人それぞれの考え方」と片付けがちですが、ここ20年のメディア政治学が示しているのは、もっと構造的な答えです。それぞれが見ているニュースが違うから、見える世界そのものが違うのです。
メディアの政治的影響の研究は、20世紀半ばから蓄積されてきました。米コロンビア大学のポール・ラザースフェルドは1944年の選挙研究で、メディアが意見を直接変えるよりも、「すでに持っている意見を強化する」方向に作用することを示しました。「アジェンダ・セッティング」(マコムスとショー、1972年)は、メディアが「何を考えるか」より「何について考えるか」を決めるという発見。「フレーミング」(ゴッフマン、1974年)は、同じ事実が違うフレームで提示されると、まったく違う印象を与えるという研究です。
デジタル時代に入り、これらの古典的知見が一段と複雑になっています。第92話で取り上げたフィルターバブルとエコーチェンバー。第79話で取り上げたメディア生態学的視点。アルゴリズムが個人の傾向に合わせてコンテンツを選び、自分と異なる意見が見えなくなる構造。米ノースウェスタン大学のキャス・サンスティーンが『#Republic』(2017年)で警告したように、デジタル時代の民主主義は、共通の事実認識の基盤を失っていく危機に直面しています。
政治的分断(polarization)の研究では、米国の政治学者シャント・アイエンガーらが「感情的分断(affective polarization)」を継続的に追跡しています。共和党支持者と民主党支持者が、政策の違い以前に、「相手側の人間性」を否定的に評価する度合いが過去40年で急上昇していることが示されています。これはメディア環境の分極化と密接に関連しているとされます。
日本では、米国ほど極端な政治分断は表面化していませんが、別の形で情報環境の偏りが進んでいます。地上波テレビと新聞の影響力低下、YouTubeとSNSの台頭、世代間のメディア接触の二極化――これらが、社会の共通認識基盤を細分化させつつあります。慶應義塾大学の田中辰雄、東京大学の橋元良明らがデータに基づいた分析を続けています。
日々の暮らしのなかで、自分のニュース摂取を見直すことは、政治観そのものを編み直す行為です。複数の情報源を意識的に持つ(同じ新聞・同じSNS・同じYouTubeチャンネルだけに頼らない)、海外メディアにも目を通す、身近な人と異なる意見を持つ人と対話する機会を持つ。情報環境のデザインは、自分自身がメディアと関わる主体的な作業なのです。
DEEPER 学術的な観点で深めると ▾
メディア政治学の現代的展開は、米コロンビア大学のポール・ラザースフェルドが1944年に発表した古典的な選挙研究から始まり、米テキサス大学のマクスウェル・マコムスらが1972年に提示した「アジェンダ・セッティング」(メディアが議題を設定する力)の発見が中核を作りました。フレーミング研究は社会学者アーヴィング・ゴッフマンの1974年の代表作を起点に展開されてきました。フィルターバブルとエコーチェンバーの議論は、米ハーバード大学のキャス・サンスティーンの2001年以降の論考で本格化しています。米スタンフォード大学のシャント・アイエンガーは、米国における感情的分断(相手党派への嫌悪)の長期追跡研究を主導してきました。米プリンストン大学のマーカス・プリオールは、メディア選択の自由が政治分極化を加速させていく構造を実証的に分析しています。日本では情報行動論の橋元良明(東京経済大学)、計量メディア研究の田中辰雄(慶應義塾大学)、メディア社会学の佐藤卓己(京都大学)、政治コミュニケーション論の稲増一憲(関西学院大学)らが、日本の情報環境と政治の関係を継続的に研究してきました。
米国の感情的分極化(相手党派への嫌悪度)は1980年代から2020年に約3倍に上昇(Iyengar, S. et al. 2019, Annu Rev Polit Sci)。
日本の新聞発行部数は2000年の5,400万部から2024年に2,500万部に半減(日本新聞協会2024)。情報環境の構造変化。
YouTubeでニュースを主に得る日本人は、20代で約40%、60代で約10%(総務省「情報通信白書2024」)。世代間でニュース源が完全に分離。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- McCombs, M. E. & Shaw, D. L. (1972). "The agenda-setting function of mass media." Public Opinion Quarterly, 36(2): 176-187.アジェンダ・セッティング論。
- Sunstein, C. R. (2017). #Republic. Princeton University Press.デジタル時代の民主主義論。
- Iyengar, S. et al. (2019). "The Origins and Consequences of Affective Polarization." Annu Rev Polit Sci, 22: 129-146.感情的分極化の総説。
- Prior, M. (2007). Post-Broadcast Democracy. Cambridge University Press.メディア選択と政治分極化。
- 稲増一憲(2015)『政治を語るフレーム』東京大学出版会日本のメディア政治学。
ニュースが政治を編むなら、街の「商店街」――もう一つの公共空間――もまた、街そのものを編んでいるはずです。次回は、商店街と街のかたちの関係を、都市計画学から辿ります。
