朝起きて最初に見るのは、たいてい誰かのSNSのタイムラインです。寝る前に最後に見るのも、同じタイムライン。私たちは1日に何度もこれを開き、その順序付きのリストから「世界で何が起きているか」を判断します。けれど考えてみると、不思議な現象です。なぜタイムラインの上から下に並んでいるのか?なぜあの投稿が表示されて、別の投稿が表示されないのか?順序を決めているのは、誰なのでしょうか。
近年、メディア研究の重要な対象として「プラットフォーム研究(platform studies)」が立ち上がってきました。米コロンビア大学のジェフリー・ホーマンス、米バージニア大学のシヴァ・ヴァイディアナサンらは、Facebook、Twitter(X)、TikTok、Instagram、YouTubeなどのプラットフォームが、私たちの情報環境を構造的に作り変えていることを研究してきました。タイムラインの並び順は、複雑なアルゴリズムが決めています。そして、そのアルゴリズムは「私たちの注意を最大限に引き留めること」を目的に設計されているのです。
注意経済(attention economy、第2話と関連)の論理では、プラットフォームは私たちが画面に長く滞在することで広告収入を得ます。そのため、アルゴリズムは「強い感情反応を引き出すコンテンツ」を優先的に表示する傾向があります。怒り、不安、嫉妬、興奮――こうしたネガティブで強い感情を喚起する投稿は、温和な投稿よりも注意を引きやすく、結果として表示頻度が上がる。「アルゴリズムが分断を煽る」という現象には、こうした構造的な背景があるのです。
もう一つ重要なのは「フィルターバブル」「エコーチェンバー」と呼ばれる現象です。米活動家イーライ・パリザーが2011年の著書(『The Filter Bubble』)で警告したように、アルゴリズムは私たちが「すでに同意しそうな」コンテンツを優先的に表示します。結果として、自分と似た意見ばかりが目に入り、異なる視点が見えなくなっていく。私たちは「世界全体」を見ているつもりで、自分専用に最適化された世界を見ているだけかもしれないのです。
近年、欧米の規制当局はプラットフォームへの介入を強めています。EUの「デジタルサービス法(DSA)」(2023年施行)は、巨大プラットフォームにアルゴリズムの透明化と利用者選択の権利を求めます。米国でもセクション230の見直し議論が続いています。日本でも、デジタル庁・総務省がプラットフォームの透明性確保の議論を進めていますが、まだ初期段階です。
日々の暮らしのなかで、SNSのタイムラインを「中立的な情報源」と思わないこと、自分の感情を強く揺さぶる投稿に対して一呼吸置くこと、複数の異なる情報源を意識的に持つこと――こうしたメディアリテラシーが、現代の暮らしの基本技法になっています。窓の向こうの世界は、誰かが選んでくれた断片であることを忘れないこと。
DEEPER 学術的な観点で深めると ▾
プラットフォーム研究は、米コーネル大学のターレトン・ギレスピー(2018年)、米バージニア大学のシヴァ・ヴァイディアナサン(2018年)、米デューク大学のフィリップ・ナポリ(2019年)が代表的著作です。フィルターバブル論はイーライ・パリザー(2011年)。注意経済論は米ハーバード大学のショシャナ・ズボフ(2019年)が決定的著作で、巨大プラットフォームの行動データ収集を「監視資本主義」として批判しました。アルゴリズム研究では、米ノースイースタン大学のクリスト・ウィルソン、ハーバード大学のジョナサン・ジトレインらが進めています。日本ではメディア研究の津田大介(早稲田大学客員教授)、社会情報学の遠藤薫(学習院大学)、プラットフォーム法学の生貝直人(東洋大学)らが、日本のプラットフォーム規制と社会的影響を研究してきました。プラットフォームは、技術の問題から、社会正義・民主主義・公衆衛生の中心的議題になっています。
世界のSNS利用者は約49億人、平均利用時間は1日約2時間27分(DataReportal Global Digital Report 2024)。
EUのデジタルサービス法(DSA)は2024年から本格施行。巨大プラットフォームへのアルゴリズム透明化義務。
日本人のSNS利用率は2010年の約20%から2023年に約80%(総務省「情報通信白書2024」)。デジタル情報環境の構造的変化。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- Pariser, E. (2011). The Filter Bubble. Penguin.フィルターバブル論。
- Zuboff, S. (2019). The Age of Surveillance Capitalism. PublicAffairs.監視資本主義論。
- Gillespie, T. (2018). Custodians of the Internet. Yale University Press.プラットフォーム規制論。
- Vaidhyanathan, S. (2018). Antisocial Media. Oxford University Press.プラットフォーム批判。
- 津田大介(2016)『情報の呼吸法』朝日出版社日本のメディアリテラシー論。
SNSのタイムラインが世界の窓なら、私たちが選ぶニュースもまた、政治の見え方を編んでいるはずです。次回は、ニュースの選び方が政治観をどう変えるかを、メディア政治学の視点から辿ります。
