駅前のベンチに、なぜか中央に肘掛けがある。地下道に座れる場所がない。公園のベンチが斜めで長く座れない。空港の椅子が個別に分けられている――こうした「設計」を、私たちはたいてい当然のことだと思っています。けれど、これらは偶然のデザインではありません。「特定の人を空間から排除する」ために、意図的にそう作られているのです。
英国の建築批評家オーヴ・アラップらは2010年代、「敵対的建築(hostile architecture)」「排除のデザイン(exclusionary design)」と呼ばれる現象を批判的に分析してきました。ホームレスが横になれないように設計されたベンチ、若者がスケートボードできないように埋め込まれた金属の突起、若者が長居できないように選ばれた特定の周波数の音(モスキート音)――これらは公共空間から特定の人を「やんわり追い出す」ためのデザインです。
公共空間の理論的研究は、ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマスの「公共圏(Öffentlichkeit)」論(1962年)に源流を持ちます。彼は、近代の民主主義が、誰もが平等に参加できる公共圏のなかで議論することによって支えられていると論じました。けれど現実の公共空間は、誰もが平等に使えるわけではありません。富裕層と貧困層、高齢者と若者、健常者と障害者、男性と女性――それぞれが感じる「居やすさ」が、空間のデザインによって細やかに振り分けられているのです。
もう一つ重要な視点が、ジェンダーの観点です。米建築学者ドロレス・ハイデン『The Grand Domestic Revolution』(1981年)以降、都市と建築のジェンダー分析が進んできました。日本でも、夜道の暗さ、トイレの数の不平等、子連れ・ベビーカー利用者にとっての段差、女性が安心して座れるベンチの少なさ――こうした空間の設計が、誰の暮らしを支え、誰の暮らしを難しくしているかが、見直されはじめています。
近年は、こうした排除のデザインに対するカウンターも生まれています。米国の建築家アレハンドロ・アラヴェナ(2016年プリツカー賞)の「半分の家」プロジェクト、英国の「Design for Inclusion」運動、日本の「ユニバーサルデザイン」「インクルーシブデザイン」など、誰もが使える空間の設計が広がっています。「公平な空間」は自然には生まれず、意識的な設計の結果なのです。
日々の暮らしのなかで、私たちが過ごす公園、駅、商業施設、学校、職場のデザインを「誰のために作られているか」と問う視点を持つこと。空間は中立ではなく、設計者の思想と、社会の力関係を反映している――この視点は、自分たちが住む街と関わる仕方そのものを変えていきます。
DEEPER 学術的な観点で深めると ▾
排除のデザイン論は、英国の建築批評家オーヴ・アラップ、米国の建築家マイケル・ソルキン(1992年)以降、批判的建築理論として体系化されてきました。米コロンビア大学のセサ・ロー、米CUNY大学のデイヴィッド・ハーヴェイらが「公共空間の私有化」を批判的に分析。公共圏論はドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマス『公共圏の構造転換』(1962年)が古典。米南カリフォルニア大学のマーガレット・クロフォードは「日常生活の空間(everyday urbanism)」概念で公共空間の多様な利用を擁護。ジェンダーと空間の研究では、米建築学者ドロレス・ハイデン、英国のレズリー・ワイズマンらが切り拓きました。日本では建築社会学の松村秀一(東京大学)、都市計画の佐藤滋(早稲田大学)、ジェンダーと空間の研究の三浦展(カルチャースタディーズ研究所)らが、日本の公共空間の批判的研究を継続しています。インクルーシブデザインでは、英国王立美術学院のロジャー・コールマンが先駆的研究者。空間設計は、技術的問題から社会正義の中心的議題へと位置づけ直されつつあります。
英国の公共空間における「敵対的デザイン」設置数は2014-2018年の5年間で約3倍に増加(Centre for Cities 2018報告書)。
日本のユニバーサルデザインを採用した公共施設は、2010年の40%から2023年に約75%に上昇(国土交通省「ユニバーサルデザインの状況2023」)。
女性が公共空間を「安全」と感じる比率は、欧米先進国でも約50-60%程度にとどまるとの調査(UN Women Safe Cities Programme 2024、各都市の自己評価ベース)。ジェンダー格差が継続。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- Habermas, J. (1962). Strukturwandel der Öffentlichkeit. Suhrkamp.公共圏論の古典。
- Sorkin, M. (ed.) (1992). Variations on a Theme Park. Hill and Wang.公共空間批判。
- Hayden, D. (1981). The Grand Domestic Revolution. MIT Press.建築とジェンダー。
- Smith, N. & Walters, P. (2018). "Desire lines and defensive architecture in modern urban environments." Urban Studies.敵対的建築の研究。
- 三浦展(2014)『大震災の後で人は何を語ったか』東洋経済新報社日本の公共空間論。
公共空間のデザインに政治があるなら、私たちが日々接するSNSのタイムラインも、誰かの設計によって私たちの世界の見え方を作っている、もう一つの公共空間かもしれません。次回は、SNSのタイムラインが世界の窓になったしくみを、プラットフォーム研究から辿ります。
