PART V 文化と公共 ・ メディア #01
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メディアの選び方が、脳のかたちを変えていた

― メディア生態学が解像する、媒体と認知の見えない対話

How the Media We Choose Reshapes Our Brains

本を読む時間と、SNSのタイムラインを流す時間と、テレビをぼんやり眺める時間――同じ「情報を受け取る」行為のはずなのに、後に残るものはまったく違います。「どのメディアと過ごしたか」が、実は私たちの思考と感じ方の輪郭を、毎日少しずつ編んでいるのです。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 社会科学 / メディア生態学・認知科学

寝る前の30分を、紙の本で過ごす夜と、スマートフォンのSNSをスクロールして過ごす夜では、翌朝の頭の状態がずいぶん違います。本を読んだ翌朝は、なぜか何かが整理されている感覚がある。SNSばかり見た翌朝は、頭のなかが断片だらけで、何を考えていたのかも思い出せない。同じ「情報を受け取る時間」のはずなのに、自分の内側に残るものが、違うかたちをしているのです。

この違いに最初に注目したのが、20世紀のメディア研究者たちでした。カナダのマーシャル・マクルーハンは1964年の著書(『メディア論』)のなかで「メディアはメッセージである(the medium is the message)」という有名な命題を残しました。私たちはメディアを通じて流れてくる「内容」に注目しますが、実は「どのメディアを使っているか」が、内容よりも深く、私たちの認知のかたちを決めている――そんな視点です。

本という媒体は、線形の論理、長い注意の持続、自分のペースでの読解を要求します。テレビは映像と音声で受動的な視聴を促し、感情を同期させる強い力を持ちます。SNSのタイムラインは、無数の断片を高速で切り替えさせ、感情の即時反応を引き出します。それぞれのメディアは、それぞれ違う「使い方の作法」を私たちの脳に課しているのです。長く本を読む人と、長くSNSを見る人では、注意の持ち方も、感情の反応のしかたも、少しずつ違うかたちに育っていきます。

これは、近年の脳科学の研究でも裏づけられはじめています。デジタル媒体での「浅い読み」と、紙の本での「深い読み」では、活性化する脳の領域や、記憶の定着の仕方が異なる。SNSの即時反応に慣れた脳は、長い文章への忍耐や、複雑な議論を保持する能力が、ゆっくり下がっていく傾向がある。逆に、長い本や対話を重ねる人は、深い注意のネットワークを保ちやすい。メディアは、内容を運ぶだけの透明なパイプではなく、私たちの脳の使い方を毎日少しずつ編む、見えない教師でもあったのです。

では、どのメディアと過ごせばいいのでしょうか。答えは「すべてを排除する」ではなく、「メディアの組み合わせを意識的に設計する」ことです。深い思考の時間は本や長文記事で、感情の共有はビデオ通話や対面で、雑多な情報収集はSNSで――それぞれが得意な役割を持っています。問題は、SNSがいつのまにか他のメディアの時間を侵食していることです。1日のうち、深い読みの時間、誰かと顔を合わせる時間、ぼんやりする時間が、ちゃんと確保されているか――それが、メディアと自分の脳の対話を健やかに保つ鍵になります。

今日選ぶメディアは、今日の自分の思考のかたちでもあります。「何を見るか」だけでなく「どの媒体で見るか」を意識的に選ぶことから、自分の認知のあり方を、少しずつ取り戻していくことができます。

DEEPER 学術的な観点で深めると

メディア生態学(media ecology)の系譜は、カナダの英文学者・メディア研究者マーシャル・マクルーハン(1911-1980)の著作群、特に『メディア論』(1964年)と『グーテンベルクの銀河系』(1962年)から始まります。マクルーハンは「メディアはメッセージである」という命題で、媒体の形式が内容よりも深く認知と社会を規定することを示しました。米国の文化人類学者ウォルター・オングは1982年の著書『声の文化と文字の文化』で、口承文化と文字文化の認知構造の違いを体系化。米国の文化批評家ニール・ポストマンは1985年の著書で、テレビ媒体が公的議論のあり方を娯楽化していく構造を批判しました。米作家ニコラス・カーは2010年の著書で、デジタル媒体の浅い読みが深い思考能力を侵食する過程を脳科学とともに論じています。日本では社会学者の吉見俊哉(東京大学)がメディア論を、思想家の東浩紀がデジタル文化論を継続的に展開してきました。メディアは、内容を運ぶ中立的な装置ではなく、認知と社会の構造そのものを編む環境(エコロジー)として理解されはじめています。

SIGNAL 01

紙媒体での読書は、デジタル画面より長文の理解度が約8〜10%高いとのメタ分析(Delgado, P. et al. 2018, Educational Research Review, 25: 23-38)。

SIGNAL 02

日本人の1日のメディア接触時間は平均411分(約7時間)、うちスマートフォンが約2.5時間(博報堂DYメディアパートナーズ「メディア定点調査2024」)。

SIGNAL 03

世界の成人のSNS利用時間は1日平均147分(Statista 2024)。10年で2倍以上に増加。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • McLuhan, M. (1964). Understanding Media. McGraw-Hill.メディア生態学の出発点。
  • Ong, W. J. (1982). Orality and Literacy. Methuen.口承と文字の認知構造論。
  • Postman, N. (1985). Amusing Ourselves to Death. Viking.テレビ媒体と公的議論の論考。
  • Carr, N. (2010). The Shallows. W. W. Norton.デジタル媒体と深い思考。
  • 吉見俊哉(2012)『メディア文化論』有斐閣日本のメディア研究の代表的入門書。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

メディアが脳のかたちを編むなら、私たちが時間を過ごす「場」――図書館や公園、ショッピングセンター――もまた、認知や感情に働きかけているはずです。次回はPART V後半に進み、図書館がなぜ人を落ち着かせるのかを、サードプレイス論から辿ります。

NEXT EPISODE 第80話「図書館は、なぜ人を落ち着かせるのか」 公開を待つ →
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