PART IV ケアと遊 ・ スポーツ観戦 #02
72./ 100

応援することが、自分の身体にも効いていた

― 応援の心理学が示す、観るという身体行為

Cheering Has Been Affecting Your Own Body Too

応援するという行為は、誰かを支えるためのものだと思われてきました。けれど、応援の心理学が示すのは、応援する自分自身が確かな身体的・精神的効果を得ていたということです。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 社会科学 / 応援の心理学・スポーツ心理学

応援するという行為を、私たちはたいてい「誰かを支えるため」のものだと思っています。スポーツチームの応援、子どもの運動会、友人の挑戦、推しのアイドル――応援される側を励まし、力を与えるための行為。けれど、応援の心理学は別の側面を示しています。応援する自分自身もまた、確かな身体的・精神的効果を得ていたのです。

第64話で取り上げたスポーツ観戦の研究と関連しますが、応援は単なる観戦より能動的な経験です。声を出し、身体を動かし、感情を表現する。米テキサス工科大学のダニエル・ワン(第64話と共通)の「Bask in Reflected Glory(栄光の共有)」研究は、応援するチームの勝利が個人のテストステロン・自尊心・ポジティブ感情を高めることを示してきました。応援は、単なる行為ではなく、自分のアイデンティティと感情のチューニング装置でもあるのです。

応援の効果は、対象が広いほど明確です。米心理学者ロバート・チャルディーニらの研究では、応援チームが勝った後の月曜日には、ファンが「私たち(we)が勝った」と話しやすく、負けた後は「彼ら(they)が負けた」と話しやすいことが示されました。これは「BIRGing(栄光の共有)」と「CORFing(失敗の切り離し)」と呼ばれます。応援は心理的距離を柔軟に調整する技法でもあるのです。

推し活(oshi-katsu)の社会心理学も、近年研究が進んでいます。日本の慶應義塾大学の前野隆司(第27話と共通)らの幸福学研究では、推しを持つ人が持たない人より、生活満足度・主観的幸福度・社会的つながりの実感で高い指標を示すことが報告されています。「推し」は対象への投影であると同時に、自分の感情を他者に託して一緒に生きる装置として機能しています。

応援の身体的効果も研究されています。コンサートや試合で大きな声を出すことは、横隔膜運動を促し、ストレスを発散します。同じ場で多くの人と感情を共有することは、第65話で取り上げた集合的沸騰の生理学的効果を生みます。応援すること自体が、ストレス対処、社会的つながり、自己効力感の補強として働いているのです。

日々の暮らしのなかで、応援する対象を持つことは、孤立を防ぎ、感情の幅を広げ、自分の身体を活性化させる手段でもあります。スポーツチーム、推しのアーティスト、友人の挑戦、地域の取り組み――何でもいい、自分が「この人を応援したい」と思える対象があることは、応援される側だけでなく、応援する自分自身を支えています。

DEEPER 学術的な観点で深めると

応援の心理学は、米テキサス工科大学のダニエル・ワン(第64話と共通)と、米アリゾナ州立大学のロバート・チャルディーニの「BIRGing」研究が出発点。彼らはアメフトファンが応援チームの勝利後に「私たち(we)」を多用し、敗北後に「彼ら(they)」を使う傾向を統計的に実証しました。米シカゴ大学のジョン・カチオッポ(第44話と共通)の研究は、応援が孤独感を軽減する社会的つながりとして機能することを示してきました。日本では幸福学の前野隆司(慶應義塾大学)、推し活研究の谷頭和希(リサーチャー)、社会心理学の村本由紀子(東京大学)らが推し活と幸福度の関係を継続的に研究しています。コンサート心理学では、米デンバー大学のアンドリュー・スティルマンが集団的音楽体験の効果を研究。応援は、エンターテインメントの周辺現象から、社会心理学・幸福学・公衆衛生の研究対象へと位置づけ直されつつあります。

SIGNAL 01

応援チームの勝利後の月曜日、ファンの「we」使用率が約3倍に増加(Cialdini, R. B. et al. 1976, J Pers Soc Psychol, 34(3): 366-375)。「BIRGing」現象。

SIGNAL 02

推しを持つ人は持たない人より、主観的幸福度が約15%高い傾向(前野隆司ほか、複数の幸福学研究)。

SIGNAL 03

日本の「推し活」関連市場は2024年に約1.2兆円(矢野経済研究所2024年推計)。コロナ禍以降の急成長。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Cialdini, R. B. et al. (1976). "Basking in reflected glory." J Pers Soc Psychol, 34(3): 366-375.BIRGing研究の出発点。
  • Wann, D. L. & James, J. D. (2018). Sport Fans (2nd ed.). Routledge.スポーツファン心理学。
  • Hirt, E. R. & Clarkson, J. J. (2011). "The psychology of fandom." Psychology of Sport and Exercise.ファンの心理学。
  • Branscombe, N. R. & Wann, D. L. (1991). "The positive social and self-concept consequences of sports team identification." J Sport Soc Issues.チーム同一化の効果。
  • 前野隆司(2013)『幸せのメカニズム』講談社現代新書日本の幸福学。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

応援が自分を支えるなら、病気になることもまた、人生の物語を別のかたちに書き換える経験かもしれません。次回は、病気の経験が人生を編み直すしくみを、ナラティブ医療から辿ります。

NEXT EPISODE 第73話「病気になることが、人生の物語を書き換える」 公開を待つ →
メルマガで次話を受け取る この話に感想を送る 全100話の地図へ
連載更新・実践事例・関連トピックをお届けします
ようこそ。確認メールをお送りしました。
これから一緒に「暮らしのかたち」を読み解いていきましょう。