PART IV ケアと遊 ・ 看護介護 #01
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看取りの作法には、文化が長い時間刻まれていた

― 死生学が示す、最期の時間の人類史

Ways of Saying Goodbye Carry Long Cultural Layers

誰かを看取るという経験は、人類が何万年も繰り返してきた営みです。けれど近代医療のなかで、看取りは病院の場面に閉じ込められ、見えにくくなってきました。死生学の系譜が示す、看取りの文化的深さを辿ります。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 人文学 / 死生学・医療人類学

誰かを看取るという経験は、人類が何万年も繰り返してきた営みです。古代の埋葬の遺跡から、葬送の儀礼、看取りの作法、追悼の文化まで――死をめぐる文化的蓄積は、私たちが想像する以上に深い。けれど近代医療の発展のなかで、看取りは病院の場面に閉じ込められ、家族や地域の経験から見えにくくなってきました。

医療人類学者シャーウィン・ヌーランドは1994年の著書(『How We Die』)で、近代以前の人々が死を「家のなかで起きる、家族と地域に支えられた出来事」として経験してきた歴史を描きました。20世紀後半までは、多くの国で死の場所は自宅でした。日本でも、1950年代までは8割以上の人が自宅で看取られていたのが、現在は8割以上が病院で亡くなる――この劇的な変化は、わずか70年のあいだに起きたのです。

死生学(thanatology)の系譜を切り拓いたのが、米精神科医エリザベス・キューブラー=ロスです。1969年の著書(『死ぬ瞬間』)で彼女は、死を迎える患者と関わるなかで、否認・怒り・取引・抑うつ・受容という5段階の心理プロセスを提示しました。彼女の研究は、終末期医療と緩和ケアの基盤を作り、患者の声を医療の中心に据える運動の出発点となりました。

もう一人の重要人物が、英国のシシリー・ソンダース(1918-2005)です。看護師・ソーシャルワーカー・医師の三つの資格を持つ彼女は1967年、ロンドンに世界初の近代的ホスピス「セントクリストファー・ホスピス」を設立しました。「死をきれいに整える」のではなく、「死に至るまでの時間を、その人らしく生きられるよう支える」という発想は、現代の緩和ケアの基本理念になっています。

日本では、看取りの文化が独自の深さを持っています。仏教の浄土思想、仏壇・位牌・お盆の文化、地域の葬送共同体、年忌法要の長期サイクル(第53話と関連)――こうした作法は、亡くなった人との関係を生きている人の側で長く維持する装置です。死生学者の島薗進(東京大学名誉教授)、看取りの研究者の柏木哲夫(淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)らが、日本独自の看取り文化を学術化してきました。

近年、日本でも「在宅看取り」「アドバンス・ケア・プランニング(人生会議)」の動きが広がっています。最期をどこで、どのように迎えたいか、家族と話し合う時間を持つこと――これは医療の選択ではなく、関係と人生の編み直しでもあります。看取りの作法を取り戻すことは、近代医療が遠ざけてきた人生の最も深い場面を、暮らしの側に取り戻す試みなのです。

DEEPER 学術的な観点で深めると

死生学(thanatology)の現代的展開は、米精神科医エリザベス・キューブラー=ロスの(1969年)から始まります。彼女の5段階モデルは批判もありますが、終末期医療への対話を切り拓きました。英国のシシリー・ソンダースは1967年、世界初の近代的ホスピスを設立し、緩和ケアの父と呼ばれます。彼女の「Total Pain(全人的痛み)」概念は、身体的・心理的・社会的・スピリチュアルな苦痛を統合的に捉える視点を提供しました。米国のアラン・ケラハンは運動を推進し、看取りを医療から地域に取り戻す試みを進めています。日本では仏教学者・島薗進(東京大学名誉教授)、医療人類学者・波平恵美子(お茶の水女子大学名誉教授)、看取り研究者・柏木哲夫(淀川キリスト教病院)らが、日本独自の死生観と看取りの文化を学術化してきました。看取り士の資格制度(一般社団法人日本看取り士会)も近年広がっています。死は医療の問題から、人類学・社会学・哲学・スピリチュアルケアを横断する研究領域へと展開しています。

SIGNAL 01

日本の死亡場所は1950年代の自宅約8割から、2023年は病院約7割へと劇的に変化(厚生労働省「人口動態統計2023」)。

SIGNAL 02

緩和ケアを早期に導入したがん患者は、QOL・気分指標が改善し、平均寿命も2-3か月延長(Temel, J. S. et al. 2010, NEJM, 363(8): 733-742)。

SIGNAL 03

日本の「人生会議(ACP)」を行ったことのある人は約3%(厚生労働省2018年調査)。意識化はまだ初期段階。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Kübler-Ross, E. (1969). On Death and Dying. Macmillan.死生学の基礎文献。
  • Saunders, C. (2006). Cicely Saunders: Selected Writings 1958-2004. Oxford University Press.緩和ケアの父の著作集。
  • Nuland, S. B. (1994). How We Die. Knopf.死の医療人類学。
  • Temel, J. S. et al. (2010). "Early palliative care for patients with metastatic non-small-cell lung cancer." NEJM, 363(8): 733-742.DOI: 10.1056/NEJMoa1000678 / 早期緩和ケアの効果。
  • 柏木哲夫(2002)『定本 ホスピス・緩和ケア』青海社日本のホスピス研究。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

看取りに長い文化的蓄積があるなら、生きている時間のなかで「笑う」という行為もまた、思っているより深い意味を持っているはずです。次回は、笑いが薬になりうるかという問いを、精神神経免疫学の系譜から辿ります。

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