PART III 関係 ・ ペット #02
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犬と人間の絆は、1万5,000年前に始まっていた

― 人犬共進化研究が示す、長い関係の起源

The Bond Between Dogs and Humans Began 15,000 Years Ago

犬は人類最古の友達だ――こうした素朴な感覚を、ここ20年の考古遺伝学は実証研究にしてきました。犬と人間の関係は、約1万5,000年前のシベリアか中央アジアで始まり、私たちの種は犬と一緒に進化してきたのです。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 自然科学 / 人犬共進化・考古遺伝学

犬は人類最古の友達だ――こうした素朴な感覚を、ここ20年の考古遺伝学(archaeogenetics)は実証研究にしてきました。狼から分岐した最初のイヌ(Canis lupus familiaris)は、約1万5,000〜3万年前のユーラシア大陸のどこか――シベリアか中央アジアか――で、人類と一緒に暮らしはじめたとされます。これは農耕の始まりより1万年以上早い時期。私たちの種は、犬と共に進化してきたのです。

考古学的には、ベルギーのゴイエ洞窟で約3万6,000年前のイヌに似た骨が、シベリアのバンザレフカ遺跡で約3万3,000年前のものが、ドイツのボンオーバーカッセルで約1万4,000年前の人とイヌが一緒に埋葬された遺跡が発見されています。最後の埋葬は決定的で、人とイヌが家族として葬られた最古の証拠です。氷河期末期、人類が世界に広がる旅に、犬は最初から一緒にいました。

遺伝学的研究は、より精密な像を描いてきています。米コーネル大学のグレガー・ラーソンらの大規模ゲノム解析(Frantz, L. A. F. et al. 2016, Science)は、現代の犬の遺伝的多様性が示す系統樹から、犬の家畜化が東西ユーラシアで独立に2回起きた可能性を提示しました。スウェーデン王立工科大学のペーター・サヴォライネンらは、現代犬のミトコンドリアDNAから東アジア起源説を提唱。詳細は議論が続いていますが、人と犬の関係が「複数の地域で並行して始まった」可能性が高いことは確かです。

心理学的・神経科学的には、犬と人間の絆の独自性が研究されています。第49話で取り上げた永澤美保(麻布大学)らの2015年の研究は、人と犬が見つめ合うことで双方のオキシトシンが上昇することを示しました(Science)。注目すべきは、これが哺乳類のなかで親子以外でほぼ唯一の現象であることです。犬は、人間のなかで「家族」と認識されるよう進化したのです。

人間の側も、犬を読む独自の能力を持っています。米ハーバード大学のブライアン・ヘアらは、犬が人間の指差しジェスチャーを理解する能力を持つこと、そしてこの能力が狼にはほぼないことを示しました(Hare, B. et al. 2002, Science)。犬は、人間とのコミュニケーションのために特化した能力を、家畜化のなかで獲得してきたのです。

日々の暮らしのなかで犬と過ごす時間は、1万5,000年の共進化の延長線上にあります。散歩、食事、見つめ合う瞬間、撫でる時間――これらはすべて、人類最古の異種関係の現代版です。犬の側もまた、私たちと共に進化してきた仲間として、独自の感受性で私たちを支えています。

DEEPER 学術的な観点で深めると

人犬共進化の研究は、考古遺伝学・行動学・認知科学の三つの方向から進展してきました。考古学では、ベルギーのゴイエ洞窟(約3万6,000年前)、シベリアのバンザレフカ(約3万3,000年前)、ドイツのボンオーバーカッセル(約1万4,000年前)の発見が決定的です。遺伝学では、米コーネル大学のグレガー・ラーソンら、スウェーデン王立工科大学のペーター・サヴォライネンらが大規模ゲノム解析を進めています。行動・認知科学では、米ハーバード大学のブライアン・ヘアと米デューク大学のヴァネッサ・ウッズが『天才イヌの不思議な能力』(2013年)で犬の認知の独自性を解説。日本では麻布大学の菊水健史、永澤美保(第49話と共通)が人犬の絆形成のオキシトシン研究を主導。京都大学野生動物研究センターの長谷川壽一らも比較行動学の文脈で犬の認知を研究してきました。狼と犬の比較行動学はオーストリアのウィーン獣医科大学クルト・ローレンツ研究所が拠点となり、フリードリケ・ランジらが継続中。人犬関係は、ペットの問題から、進化生物学・人類学・認知科学の対象へと広がっています。

SIGNAL 01

最古の人犬埋葬遺跡はドイツのボンオーバーカッセル、約1万4,000年前。人とイヌが家族として葬られた証拠(Janssens, L. et al. 2018, J Archaeol Sci)。

SIGNAL 02

犬は人間の指差しジェスチャーを理解するが、狼はほぼできない(Hare, B. et al. 2002, Science, 298(5598): 1634-1636)。家畜化で獲得された能力。

SIGNAL 03

世界の犬の総数は約9億頭と推定(World Animal Foundation 2023)。地球上の哺乳類で最も人類と密接な関係。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Frantz, L. A. F. et al. (2016). "Genomic and archaeological evidence suggest a dual origin of domestic dogs." Science, 352(6290): 1228-1231.犬の家畜化の遺伝学。
  • Hare, B. & Woods, V. (2013). The Genius of Dogs. Penguin.犬の認知科学の総合書。
  • Nagasawa, M. et al. (2015). "Oxytocin-gaze positive loop." Science, 348(6232): 333-336.人犬の絆のオキシトシン研究。
  • Janssens, L. et al. (2018). "A new look at an old dog: Bonn-Oberkassel reconsidered." Journal of Archaeological Science, 92: 126-138.最古の人犬埋葬。
  • 菊水健史(2014)『人イヌに会う』東京大学出版会日本の人犬研究。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

犬が長い共進化の中で「家族」になったなら、より独立的な「猫」との関係には、別のかたちの深さがあるはずです。次回は、猫を飼うことが私たちに何をもたらすかを、猫科学の最新研究から辿ります。

NEXT EPISODE 第58話「猫を飼うと、私たちの何が変わるのか」 公開を待つ →
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