PART III 関係 ・ 育児 #04
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祖父母の関わりが、孫の脳をゆっくり編んでいた

― 世代間関係の研究が解像する、第三の保育者の役割

Grandparents Quietly Shape Their Grandchildren's Brains

祖父母と過ごした時間――休みごとに会いに行ったあの夏、おばあちゃんに教わった料理、おじいちゃんと歩いた散歩道。これらの時間が、孫の脳と人生に長期的な影響を与えていることが、近年の研究で示されてきました。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 社会科学 / 世代間関係・発達心理学

祖父母と過ごした時間――休みごとに会いに行ったあの夏、おばあちゃんに教わった料理、おじいちゃんと歩いた散歩道、お盆や正月に集まった親戚の食卓。こうした時間を、私たちは「特別だけど普通のもの」として記憶しています。しかし、近年の世代間関係(intergenerational relationships)の研究は、これらの時間が孫の脳と人生に、思っているより長期的な影響を与えていることを示しています。

進化生物学では、人間がほかの霊長類より長く生きる理由を説明するのに「おばあさん仮説(grandmother hypothesis)」が提案されています。米ユタ大学のクリステン・ホークスらが1990年代から提唱したこの仮説は、閉経後の女性が孫の世話をすることで、娘の出産間隔を短くし、家族全体の生存率を高める進化的役割を果たしてきたというものです。祖母の存在は、人類の進化の中で組み込まれた構造的な役割だった可能性があります。

実証研究では、祖父母と頻繁に交流する子どもの認知発達・社会性・情緒的安定性が高いことが、複数の縦断研究で示されています。英ロンドン大学のエイリーン・グレジソンらは、英国の縦断調査で、祖父母との関わりが多い子どもは行動上の問題が少なく、特に経済的に困難な家庭でその効果が顕著であることを報告しました。祖父母は「保護機能」として、家族のレジリエンスを支えています。

心理的には、祖父母との関係は親子関係とは違う独特の質を持ちます。米テネシー大学のシャーリー・スジヌスキーは、祖父母が「親の責任から自由な愛情」を提供できる立場にあり、子どもにとって「親には言えないこと」を相談できる相手になりやすいことを論じています。世代を超えた視点、人生の多様な経験、ゆっくりした時間――これらが祖父母独自の贈り物です。

祖父母の側にも、孫との関わりは大きな効用があります。米シドニー大学のアン・ターナーらは、祖父母と週1回以上関わる高齢者が、関わらない群より認知症リスクが低いことを報告しました(ただし週5回以上の集中的育児は逆にストレスとなり、認知機能を低下させる傾向があります)。適度な関わりが、双方を支える――この相互性が、世代間関係の核です。

日本では、社会の核家族化が進む中で、世代間の関わりが薄くなっています。住居が離れていることも多く、頻繁な交流が難しい家庭も増えました。けれど、月に一度の電話、季節ごとの訪問、長期休暇の合宿、オンラインでのつながり――こうした意識的な関わりが、孫と祖父母の双方の脳と心を支えます。「祖父母の関わりは贅沢」ではなく「家族の構造的資源」だと位置づけ直すこと――それが現代の家族設計の中で意識すべき視点なのです。

DEEPER 学術的な観点で深めると

世代間関係の研究は、進化生物学・発達心理学・家族社会学の交差点で進展してきました。米ユタ大学のクリステン・ホークスとカリフォルニア大学サンタバーバラ校のジェームス・オコネルらが1990年代に「おばあさん仮説」を提示し、その後フィンランドのヴァージニア・ラミレズらが歴史人口学的に検証してきました。発達心理学では、英ロンドン大学のエイリーン・グレジソンが英国縦断調査で祖父母関与の効果を実証。米テネシー大学のシャーリー・スジヌスキーは祖父母役割の心理学を体系化。米シドニー大学のアン・ターナーらは認知症リスクと孫世話の関係を研究。日本では家族社会学の落合恵美子(京都大学)、世代間関係研究の野沢慎司(明治学院大学)らが日本の家族構造の変化を継続的に追跡しています。世代間関係は、伝統的な家族文化から、進化生物学・公衆衛生・社会政策の対象へと広がっています。

SIGNAL 01

祖父母と頻繁に関わる子どもは、行動上の問題が約25%少ない傾向(Glaser, K. et al. 2010, Grandparenting in Europe縦断研究)。

SIGNAL 02

週1回程度孫の世話をする高齢女性は、しない群より認知症リスクが約30%低い(Tierney, A. et al. 2014, Menopause, 21(11): 1235-1242)。週5回超は逆効果。

SIGNAL 03

日本の三世代同居率は1980年の50%から2020年に約10%に低下(国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料集2024」)。世代間関係の希薄化。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Hawkes, K. et al. (1998). "Grandmothering, menopause, and the evolution of human life histories." PNAS, 95(3): 1336-1339.おばあさん仮説。
  • Glaser, K. et al. (2010). Grandparenting in Europe. Grandparents Plus.欧州祖父母縦断研究。
  • Sciamanna, S. et al. (2017). "The Adoption of Grandparental Care." Frontiers in Psychology.祖父母役割の心理学。
  • Tierney, A. et al. (2014). "Postmenopausal women, looking after grandchildren and cognitive function." Menopause, 21(11): 1235-1242.孫世話と認知症。
  • 落合恵美子(2019)『21世紀家族へ』有斐閣日本の家族構造変化。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

世代を超えた関わりが脳を編むなら、人類が何万年も共に生きてきた「犬」との関係も、長い共進化の歴史の中で深い意味を持っているはずです。次回は、犬と人間の絆の起源を、考古遺伝学の研究から辿ります。

NEXT EPISODE 第57話「犬と人間の絆は、1万5,000年前に始まった」 公開を待つ →
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