夕方、家に帰る。鍵を開け、玄関に入り、靴を脱ぎ、上着を掛け、「ただいま」と声をかけ、家のなかへ歩いていく。この数十秒の動作を、私たちはたいてい無意識に繰り返しています。けれど、よく考えると不思議な作業です。外の自分と家のなかの自分は、本当は連続しているはずなのに、なぜ玄関でいったん「切り替え」を行うのでしょうか。
人類学では、こうした「内と外のあいだの境界」を「閾(しきい、threshold)」と呼びます。フランスの民俗学者アルノルト・ファン・ヘネップは1909年の著書『通過儀礼』で、人生のあらゆる移行(誕生・成人・結婚・死)に、「分離・過渡・統合」の三段階の儀礼が伴うことを示しました。彼の弟子で米人類学者ヴィクター・ターナーは、通過儀礼の中間段階(リミナル段階)を「コムニタス」と呼び、社会的な意味の生成空間として論じました。玄関は、毎日の小さな通過儀礼の場でもあるのです。
日本の住居は、玄関の文化が世界的に独自です。土間(外)と上がり框(内)の段差、靴を脱ぐ作法、玄関先で立ち話をする慣習――内と外を物理的・象徴的に明確に分ける装置が、丁寧に発達してきました。建築家・原広司(東京大学名誉教授)は、日本の住居における「閾」の多層性――門・玄関・廊下・襖――が、家族関係の細やかな調整装置として機能してきたと論じています。
逆に、玄関がなだらかに連続するアメリカ式の住宅では、外と内の切り替えが弱く、その分、ストレスが家のなかに持ち込まれやすいという指摘もあります。米心理学者ダリア・ロベルティらの研究は、家に帰ったときに「decompression(減圧)」のための短い時間や空間を持つ家庭のほうが、家族関係の質が高いことを示しています。玄関で立ち止まる時間は、無駄ではなく、関係の整備時間でもあるのです。
現代の暮らしのなかでも、玄関の作法は具体的に効きます。家に帰ったら、いきなりリビングに入る前に、玄関で30秒だけ深呼吸する。靴を揃え、上着を掛け、その日の自分を一段落とす時間を作る。これだけで、家のなかに持ち込むストレスが減り、家族と顔を合わせるときの自分の状態が変わってきます。コートや帽子は「外の自分の制服」として、玄関に置いていく。家のなかでは別の自分でいることを、空間で支える作法です。
玄関は、家族関係の見えない調整役です。短い数十秒のあいだに、私たちは日常のリズムを切り替え、関係のモードを整えています。今日の帰宅、その玄関で何をどう「切り替えているか」を、少し意識してみてもいいかもしれません。
DEEPER 学術的な観点で深めると ▾
閾の人類学(liminality studies)は、フランスの民俗学者アルノルト・ファン・ヘネップ(1873-1957)の『通過儀礼』(Les rites de passage, 1909年)に始まります。彼は世界各地の儀礼を分析し、すべての通過儀礼が「分離・過渡・統合」の三段階を持つことを示しました。米国の人類学者ヴィクター・ターナー(1920-1983)は『儀礼の過程』(1969年)で、ファン・ヘネップの「閾(liminal)段階」を発展させ、社会の構造から一時的に外れる「コムニタス」の概念を提示しました。米人類学者メアリー・ダグラスは『汚穢と禁忌』(1966年)で、内外の境界・分類・排除の構造を分析。日本では建築家の原広司(東京大学名誉教授)が『集落の教え100』(1987年)などで日本住居の閾の多層性を論じ、文化人類学者の梅棹忠夫(国立民族学博物館元館長)が日本人の空間認識を比較文化的に分析してきました。建築人類学者の上田篤や住居論者の山口昌伴も、玄関を含む日本住居の境界装置の独自性を継続的に研究してきました。玄関は、毎日繰り返される小さな通過儀礼の場であり、家族関係と自己生成のひそかな調整装置です。
日本の住居では玄関の上がり框の段差は平均15-25cm、内外を明確に分ける独自の住居文化(国土交通省「住宅性能表示基準」)。
靴を脱ぐ文化を持つ国は世界の人口の約30%(日本・韓国・北欧・東南アジア・中東一部、Encyclopedia of Cultural Anthropology 2014)。
ファン・ヘネップ『通過儀礼』は世界で40言語以上に翻訳、年間1,000本以上の論文に引用(Web of Science、rites of passage、2024)。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- van Gennep, A. (1909). Les rites de passage. Émile Nourry.通過儀礼論の出発点。
- Turner, V. (1969). The Ritual Process. Aldine.閾(liminality)とコムニタスの体系化。
- Douglas, M. (1966). Purity and Danger. Routledge.内外の境界の人類学。
- 原広司(1987)『集落の教え100』彰国社日本住居の閾の論考。
- 梅棹忠夫(1989)『日本探検』中央公論社日本人の空間認識の比較文化論。
玄関が小さな通過儀礼の場なら、玄関の先にある「家」そのもの――特に古い民家――は、現代の私たちに何かを語りかけているはずです。次回はPART I最終話、古民家がいまも人を癒す理由を、木造建築環境論から辿ります。
