PART I 衣 食 住 ・ ファッション #03
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「制服を着る」が、私たちに何をしているか

― 役割理論が示す、服装と自己の生成のあいだ

What Wearing a Uniform Is Doing to Us

同じ服を毎日着続ける――学校の制服、医師の白衣、警官の制服、最近では「自分のユニフォーム」を決めている経営者やクリエイター。制服を着るという行為は、単に服を選ぶ手間を省いているだけでしょうか。役割理論の系譜が示すのは、もっと深い自己生成の作業です。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 社会科学 / 役割理論・社会心理学

学校の制服、医師の白衣、警官の制服、最近では「自分のユニフォーム」を決めて毎日着る経営者やクリエイターも増えています。スティーブ・ジョブズの黒いタートルネック、マーク・ザッカーバーグのグレーのTシャツ、村上春樹の決まったランニングスタイル。彼らは服を選ぶ手間を省いているだけでしょうか。それとも、毎日同じ服を着るということに、もっと深い意味があるのでしょうか。

社会学者アーヴィング・ゴッフマンが1959年の著書(『行為と演技』)で示したように、私たちは社会のなかで複数の「役割」を生きています。家族のなかでは親や子、職場では上司や部下、コミュニティでは友人や隣人。それぞれの役割には独自の振る舞い方があり、服装はその役割を立ち上げる重要な装置です。制服を着る行為は、特定の役割に自分を「入れる」儀式でもあるのです。

医師の白衣を着た瞬間、姿勢が変わり、声のトーンが変わり、判断のモードが変わる。学校の制服を着れば、休みの日とは違う規律のある自分が立ち上がる。これは服が外見を整えるだけでなく、内面のチューニングを切り替えていることを意味します。第8話で見た「装いの認知(enclothed cognition)」の研究が裏づけているように、服装は思考と感情のモードそのものを編んでいます。

一方で、制服には別の機能もあります。それは「選ばないことによる集中」です。心理学では「決定疲労(decision fatigue)」と呼ばれる現象――一日のなかで決定の数が増えるほど、判断の質が下がっていく現象――が知られています。米コロンビア大学のシーナ・アイエンガーらの研究は、選択肢が多すぎると決定の質も満足度も下がることを示しました。毎朝の服選びを「自分のユニフォーム」として固定することは、決定リソースを別の重要な判断に取っておくための合理的な戦略でもあるのです。

ただし、制服には影もあります。社会的に押しつけられる制服は、個性の抑圧として機能することもあります。「らしさ」を強要する制服文化、ジェンダーに紐づいた職業服、画一的な学校制服――これらは個人の自己生成を制限する側面を持ちます。問題は「制服そのもの」ではなく「自分で選んだ制服か、押しつけられた制服か」の違いです。自分で選んだユニフォームは自由の表現になり、押しつけられたユニフォームは抑圧になる。

今日着ている服は、自分のなかのどの自分を立ち上げているか――そう問いかけてみるだけで、服装の意味が変わってきます。制服を選ぶことは、自分のなかの役割を選ぶことでもあるのです。

DEEPER 学術的な観点で深めると

役割理論(role theory)は、米国の社会学者ジョージ・ハーバート・ミード(『精神・自我・社会』1934年)と、社会学者アーヴィング・ゴッフマン(『行為と演技』1959年)によって体系化されました。ゴッフマンの「ドラマトゥルギー的アプローチ」――社会を演劇に見立て、私たちは複数の役割を演じる役者として生きている――は、現代の社会心理学の基盤になっています。米コロンビア大学のシーナ・アイエンガーは(2010年)で、選択肢が多すぎることの心理的コスト(決定疲労、選択のパラドックス)を実証的に示しました。米心理学者ロイ・バウマイスターは「自我消耗(ego depletion)」の研究で、決定や自制の繰り返しが認知資源を消耗することを示しています(再現性に課題ありとされるが、決定疲労の概念は維持)。第8話で取り上げたエンクローズドコグニション(Adam & Galinsky 2012)は、服装が認知に与える具体的影響を実験的に示し、役割理論と認知科学を橋渡ししています。日本では社会学者の作田啓一が役割理論の日本における展開を、文化心理学者の北山忍が文化と自己の関係を継続的に研究してきました。制服を着るという行為は、社会的役割の引き受け、決定リソースの最適化、認知のチューニングの三つを同時に行う、複合的な自己技術なのです。

SIGNAL 01

スティーブ・ジョブズ、ザッカーバーグ、オバマ前大統領は意図的に「ユニフォーム」を採用し、判断リソースを重要決定に集中させていることが知られている(複数のインタビュー、Vanity Fair 2012ほか)。

SIGNAL 02

日本の中高生の制服採用率は約99%(公立中学校、文部科学省「学校制服に関する実態調査」2020)。世界でも特異な制服文化。

SIGNAL 03

決定疲労(decision fatigue)の研究で、判事の判決が午後にかけて厳しくなる現象が観察されている(Danziger, S. et al. 2011, PNAS, 108(17): 6889-6892)。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Goffman, E. (1959). The Presentation of Self in Everyday Life. Doubleday.役割理論・ドラマトゥルギーの古典。
  • Mead, G. H. (1934). Mind, Self, and Society. University of Chicago Press.社会的自我論の基礎。
  • Iyengar, S. (2010). The Art of Choosing. Twelve.選択の心理学。
  • Adam, H. & Galinsky, A. D. (2012). "Enclothed cognition." J Exp Soc Psychol, 48(4): 918-925.服装と認知(第8話と共通)。
  • 北山忍(1998)『自己と感情』共立出版文化と自己の関係。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

服を選ぶことが自分のチューニングだとすれば、毎日の食卓――誰とどの形で囲むか――もまた、関係のチューニング装置として働いているはずです。次回は、食卓の形と会話の関係を、集団力学の系譜から辿ります。

NEXT EPISODE 第18話「食卓の形と、誰が話すかの関係」 公開を待つ →
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