今日は何も食べずに家を出よう、コーヒーだけで充分だ――そんな朝を、私たちは何度も経験しています。地下鉄に飛び乗り、午前中の会議をいくつかこなし、気づけば昼。その日の集中力や気分が、なんとなく低空飛行だった、ということが少なくありません。逆に、しっかり朝食をとった日は、午前中の頭の働きが違う気がする。
これは「気のせい」だと長く考えられてきました。けれどここ20年の時間栄養学(クロノニュートリション)の研究は、別の姿を示しています。「いつ食べるか」は「何を食べるか」と同じくらい、ときにはそれ以上に、私たちの身体と脳に影響を与えていたのです。
私たちの身体には、約24時間周期で動く「体内時計」が備わっています。脳の視床下部にある中枢時計だけでなく、肝臓・心臓・腎臓・筋肉・腸のすべての細胞が、それぞれの時計を持っています。これらが揃って働くことで、ホルモン分泌、消化、代謝、免疫、集中力、気分が一日のリズムをつくっています。そしてこの時計を「合わせる」最大のスイッチは、光と並んで「食事のタイミング」だったのです。
朝食は、夜のあいだに少しずつズレた体内時計を、一日のリズムに同期させ直す働きを持ちます。朝起きて光を浴び、何かを食べる――この組み合わせが、肝臓や腸の時計を「朝モード」に切り替え、その後の代謝・集中・気分の質を決めていきます。朝食を抜くと、末梢の時計が中枢時計とずれた状態のまま午前中が始まり、結果として集中力の低下や気分の不安定が起きやすくなります。
逆に、夜遅い食事は、就寝中に消化と修復に使われるはずの時間を、消化に奪ってしまいます。時間栄養学の臨床研究では、夜遅い食事が続くと、肥満や2型糖尿病だけでなく、睡眠の質や翌日の認知機能の低下とも関連することが示されています。「朝食をしっかり、夕食は早めに軽く」――昔から言われてきた作法が、神経科学的にも理にかなっていることが、最近の研究で改めて確認されています。
今日の朝食は、ただのカロリー補給ではなく、その日の自分のリズムを設定する儀式でもあります。何を食べるかにこだわる前に、いつ食べるか――そこから自分の一日の質を整えなおすことができます。
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クロノニュートリション(時間栄養学)の現代的展開を主導したのが、米ソーク研究所のサッチン・パンダです。彼は2012年以降、食事のタイミングが体内時計と代謝の同期に決定的な役割を果たすことを示し、時間制限食(time-restricted eating)の研究を体系化しました。日本では早稲田大学の柴田重信が時間栄養学の先駆として、朝食と体内時計の同期メカニズムを明らかにしてきました。米ハーバード大学のフランク・シェアらは、夜遅い食事と肥満・代謝障害の関連を疫学的に追跡。米ノースウェスタン大学のフレッド・ターレックは、概日リズムと代謝疾患の研究で長く中心的な役割を果たしてきました。中枢時計と末梢時計の概念は、米国の時計遺伝子研究(Bargiel・Hall・Young 2017年ノーベル賞)の基盤の上に立っています。「いつ食べるか」が「何を食べるか」に並ぶ栄養学の中心的問いとして位置づけ直されつつあります。
朝食を抜くと2型糖尿病リスクが約20%上昇するというメタ分析(Bi, H. et al. 2015, Public Health Nutr, 18(16): 3013-3019)。
時間制限食(食事を1日10時間以内に集中)で体重・血圧・コレステロールの改善が複数のRCTで確認(Sutton, E. F. et al. 2018, Cell Metab, 27(6): 1212-1221)。
日本人の朝食欠食率は20代男性で約30%、女性で約25%(厚生労働省「国民健康・栄養調査」2023)。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- Panda, S. (2018). The Circadian Code. Rodale Books.時間栄養学の総合書。
- Sutton, E. F. et al. (2018). "Early Time-Restricted Feeding..." Cell Metabolism, 27(6): 1212-1221.DOI: 10.1016/j.cmet.2018.04.010 / 時間制限食のRCT。
- 柴田重信(2020)『食べる時間が健康をつくる』化学同人日本の時間栄養学の代表的著書。
- Asher, G. & Sassone-Corsi, P. (2015). "Time for food." Cell, 161(1): 84-92.時計遺伝子と代謝の総説。
- Scheer, F. A. J. L. et al. (2009). "Adverse metabolic and cardiovascular consequences of circadian misalignment." PNAS, 106(11): 4453-4458.体内時計のずれと代謝。
食事のタイミングが脳のリズムを編むなら、私たちが日常的に経験する「ほしい」「食べたい」という欲求もまた、思っているより複雑な現象なのかもしれません。次回は、欲求と快楽を脳のなかで分ける研究を辿ります。
