第IV部「支えのかたち」第12章「編集・並列化」の二話目です。前話で図書館・百科事典・分類学が知の編集装置であることを見ました。本話は、その編集・並列化の最大の物理的な装置である「都市」を、ハワードからコールハースまで、120年の系譜で辿ります。都市は、建物・道路・公園・人・産業・歴史を一つの平面に並べ、編集する装置です。
起点は、英国の社会改良家エベネザー・ハワード(1850-1928)の『Garden Cities of To-morrow(明日の田園都市)』(1898年初版『To-morrow: A Peaceful Path to Real Reform』、1902年改題、邦訳鹿島出版会1968年/2016年新版)です。ハワードは、19世紀末の過密で不衛生なロンドンの問題を解決するために、人口3万人規模の自立した都市を放射状に配置し、農地と緑地で囲む「田園都市」を構想しました。彼の構想は、1903年のレッチワース、1920年のウェルウィンとして実現し、20世紀の郊外都市開発のひな型になります。都市と田園を編集して並べるという発想がここで生まれました。
20世紀前半に登場したのが、スイス出身の建築家ル・コルビュジエ(1887-1965)です。1928年に結成されたCIAM(近代建築国際会議)を率い、1933年の第4回アテネ大会の議論をもとに、1943年に『La Charte d'Athènes(アテネ憲章)』(邦訳鹿島出版会1976年)を発表しました。住む・働く・憩う・移動するという4機能を分離し、高層住居と緑地で都市を再構築する近代主義の宣言です。戦後の世界中の都市計画と団地開発を支配した思想で、これは都市を機能ごとに整列して並べる強度の高い編集です。
これに猛烈に反論したのが、米国のジャーナリストジェイン・ジェイコブズ(1916-2006)でした。彼女の代表作『The Death and Life of Great American Cities(アメリカ大都市の死と生)』(1961、邦訳鹿島出版会1977年/2010年新版)は、近代主義都市計画への決定的な批判書として知られます。彼女が示したのは、生きた都市は機能の混在と短い街区と多様な建物年代と密度から生まれ、そこに住む人々の「路上の眼(eyes on the street)」が安全と活力を支えるという、現場からの観察に基づく原理でした。都市は計画される対象ではなく、編集される生態系だ、というパラダイム転換です。
ジェイコブズと並走したのが、ウィーン出身の建築家クリストファー・アレグザンダー(1936-2022)の『A Pattern Language(パタン・ランゲージ)』(1977、邦訳鹿島出版会1984年)でした。彼は、都市・建築・住宅で繰り返し現れる253のパターンを抽出し、それらをパターンの言語として記述しました。住民が自分たちで選び組み合わせるボトムアップの編集言語です。後にソフトウェア工学の「デザインパターン」にも継承されました。
20世紀末、オランダの建築家レム・コールハース(1944-)が、もう一つの転換をもたらします。『Delirious New York(錯乱のニューヨーク)』(1978、邦訳ちくま学芸文庫1999年/筑摩書房1995年)でマンハッタンの「過密の文化」を称揚し、『S, M, L, XL』(1995)で都市を巨大さの観点から記述し、エッセイ「Junkspace(ジャンクスペース)」(2002)で、空港・ショッピングモール・チェーン店の没場所性を診断しました。コールハースは、都市の理想化された秩序ではなく、過密と無秩序の編集力そのものを正面から記述しました。
日本の系譜では、丹下健三(1913-2005)の東京計画1960、磯崎新(1931-2022)の都市破壊業KK、伊東豊雄(1941-)のせんだいメディアテーク、隈研吾(1954-)の負ける建築、と続きます。神山町、西粟倉、小布施町などの現代地方都市の動きは、ジェイコブズとアレグザンダーの系譜を、現場で再編集する試みです。
都市は、最大の編集・並列化装置です。
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都市計画の系譜を、現代経営に応用すると、3つの実用的視点が立ち上がります。
第一に、組織を「都市」として設計する視点。コルビュジエ的な近代主義組織(機能ごとに部署を分離し、上から計画する)は、20世紀の大企業の標準形でした。けれども、ジェイコブズが指摘したように、生きた組織は機能の混在と短い距離と多様な世代の混在と密度から生まれます。アジャイル開発、クロスファンクショナルチーム、フルスタック型の小チーム、開かれたオフィス設計は、ジェイコブズ的な原理の組織への応用です。組織を編集する経営者は、計画者ではなく、生態系の編集者になります。
第二に、ボトムアップの「パタン・ランゲージ」の構築。アレグザンダーの253のパターンが住民の編集を支えたように、組織にも、現場が自分たちで選び組み合わせる共有された語彙が必要です。トヨタ生産方式、Spotifyのスクワッドモデル、AmazonのリーダーシッププリンシプルWS、Googleのエンジニアリングプラクティスは、いずれも組織版パタン・ランゲージとして機能しています。これらは上からの規則ではなく、現場が編集できる言語です。
第三に、「過密と無秩序の編集力」の活用。コールハースが見抜いたように、現代の経済・組織・都市は、計画された秩序よりも、過密と無秩序からの偶発的な編集から創造性が生まれます。渋谷、丸の内、シリコンバレー、コペンハーゲン、深圳、ベルリンの賑わいは、計画ではなく、密度と多様性と歴史の重なりから生まれた編集の結果です。経営者は、過密と多様性を恐れず、それらを編集する力を組織の中核能力として育てる必要があります。
組織は、都市と同じく、編集される生態系です。
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2. 異分野からの発展的視点 ― ベッテンコート=ウェストが見つけた「都市のクライバー法則」
ジェイコブズが「過密が創造性を生む」と直観したことを、現代の都市科学は驚くほど精密な数式に書き直しました。2007年、米サンタフェ研究所のルイス・ベッテンコート(Luís Bettencourt)とジェフリー・ウェスト(Geoffrey West)らは、世界360都市の人口・賃金・特許・GDP・犯罪・通勤時間を体系的に集計し、衝撃的な普遍法則を発表しました(*PNAS* 104巻, 7301-7306頁)。
人口が2倍になると、賃金・特許・GDPは2.3倍(人口の1.15乗)に増える。一方で、インフラ(道路の延長、ガソリンスタンド数、電線の総延長)は1.8倍(人口の0.85乗)で済む。このスケーリング指数は、日本でも欧米でも、新興国でも先進国でも、驚くほど一致していました。さらにこの指数は、生物学者マックス・クライバーが1932年に発見した「生命の代謝率が体重の3/4乗で亜線形にスケールする」法則と同じ普遍構造を持っていたのです。
ハワードの田園都市、コルビュジエの近代主義、ジェイコブズのストリート、コールハースの過密の祝祭、神山町・西粟倉・小布施町の地方再編集 ―― これらすべての都市計画の試みは、ベッテンコート=ウェストが定式化した1.15乗則の上で、生命の代謝が描いてきたのと同じ図形を社会のなかで再演しています。都市は、生きているのです。
次回は「データベースとアルゴリズム」をお届けします。
