PART IV 支えのかたち 第12章 編集・並列化 第74話
74./ 100

図書館分類法の歴史

第IV部「支えのかたち」第12章「編集・並列化」の3話目は、私たちが日々無意識のうちに頼っている知の支柱、図書館分類法を取り上げます。書架の番号、データベースの索引、検索結果の並び順――どれも、誰かが世界を切り分けた跡の上に立っています。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約—分 PDF版で読む

第IV部「支えのかたち」第12章「編集・並列化」の3話目は、私たちが日々無意識のうちに頼っている知の支柱、図書館分類法を取り上げます。書架の番号、データベースの索引、検索結果の並び順――どれも、誰かが世界を切り分けた跡の上に立っています。

近代的な図書館分類の出発点は、1876年に置かれます。米国マサチューセッツ州出身の図書館員メルヴィル・デューイ(1851-1931)は、同年に『A Classification and Subject Index for Cataloguing and Arranging the Books and Pamphlets of a Library』を匿名で出版しました。そこでは、知識を10の主類に分け、それぞれを十進法で細分化するデューイ十進分類法(Decimal Classification、DDC)が提案されています。10の主類は、000総記、100哲学、200宗教、300社会科学、400言語、500自然科学、600技術、700芸術、800文学、900歴史という構成でした。同じ1876年、フィラデルフィアで米国図書館協会(American Library Association、ALA)が設立され、デューイ自身も創設メンバーの一人として名を連ねます。「図書館員」という職能と「分類」という技術が、同じ年に同時に制度化されたのです。

DDCは民間私設の体系でしたが、米国の公共図書館に急速に広がります。一方で、より大規模な蔵書を扱う議会図書館は、1898年から1904年にかけて独自の米国議会図書館分類(Library of Congress Classification、LCC)を整備し、A(総記)からZ(書誌)までのアルファベット主類による異なる体系を採用しました。

ヨーロッパでは、1905年、ベルギーのポール・オトレ(1868-1944)とアンリ・ラ・フォンテーヌ(1854-1943)が、デューイの許可のもとにDDCを翻案・拡張し、国際十進分類法(Universal Decimal Classification、UDC)を発表します。彼らはブリュッセルにムンダネウム(Mundaneum)を設立し、世界中の文献を主題別に索引化する膨大なカード目録を構築しました。後年、情報学者W・ボイド・レイワードは、この企てを「インターネット以前のインターネット」と呼んでいます。

日本では、1929年、もり・きよし(森清、1906-1990)が間宮商店から『日本十進分類法(Nippon Decimal Classification、NDC)』を刊行します。NDCはDDCの十進構造を踏まえつつ、日本史・日本文学・神道・東洋思想に独自の枠を設けて再構成したもので、現在もほぼ全ての公共図書館・学校図書館で標準として使われています。日本図書館協会の編集により、現行の新訂10版は2014年に刊行されました。

書物以外の世界にも、同じ発想は広がっています。世界保健機関(WHO)が管理する国際疾病分類(International Classification of Diseases、ICD)は、19世紀の死因統計分類を起源とし、第六回改訂(ICD-6、1948年)以降WHOが所管しています。最新版のICD-11は2018年に第71回世界保健総会で採択され、2022年に発効しました。

これら分類体系は、しかし中立ではありません。1999年、ジェフリー・バウカースーザン・リー・スターは『Sorting Things Out: Classification and Its Consequences』(MIT Press)を刊行しました。同書は、ICDの結核分類、南アフリカのアパルトヘイト人種分類、看護労働の職務分類を縦断的に分析し、「分類は世界を映す鏡ではなく、世界を作る道具である」と論じています。何を一つの棚に並べ、何を別の棚に分けるかは、すでに政治的な選択を含んでいる。

現代では、図書館の蔵書検索(OPAC)に加え、利用者自身がタグを付けるフォークソノミー、さらには書誌情報・本文を埋め込みベクトルに変換して類似度検索する図書ベクトル検索が広がりつつあります。階層分類は失われたわけではなく、生成AI時代のもう一つの分類装置と並んで、知の地形を多層化させているのです。

世界を分けることは、世界を作ることに直結しています。

FOR MANAGEMENT 経営学的に読み解きたいあなたへ

図書館分類法の歴史を、組織のナレッジマネジメントに引き写すと、3つの実用視点が立ち上がります。

第一に、自社の「分類体系の地層」を可視化する。多くの企業は、ファイルサーバー、SharePoint、Notion、Google Drive、Slackチャンネル、CRMタグ、Jiraラベルといった複数の分類体系を並行運用しています。それぞれが別の年に、別の部署で、別の目的で作られている。デューイ十進分類が1876年、議会図書館分類が1898年、UDCが1905年と、図書館世界が複数体系を併存させているのと同じ構図です。まずは社内分類の歴史を棚卸しし、誰がいつ何のために作ったかを記録するだけで、検索性と意思決定速度は大きく改善します。

第二に、「公的標準と独自タグの二層構造」を意識的に設計する。DDCやNDCは公的標準として機能しつつ、各図書館の「件名標目」「ローカル件名」が補完しています。同様に、企業もISO・GICS・SDGsなど外部標準と、自社固有の事業領域タグを二層で持つことが望ましい。外部標準だけでは自社の独自性が消え、独自タグだけでは外部接続性が失われる。Salesforce、HubSpot、Microsoft Dynamicsを使う企業ほど、この二層設計の重要性が高まります。

第三に、フォークソノミーと階層分類の併存戦略。トップダウンの厳密な分類だけでは現場のスピードに合わず、自由タグだけでは横断分析ができません。Notion、Asana、Linear、Confluenceの優れた運用は、最低限の階層フォルダ+自由タグ+ベクトル検索という三層構造を組み合わせています。生成AI時代の社内検索は、この三層を前提に再設計する段階に入っています。

良い分類体系は、世界を強制するのではなく、世界に問いを返す道具です。

FOR ACADEMIA 学術的に読み解きたいあなたへ

2. 異分野からの発展的視点 ― スパーク・ジョーンズが解いた「稀な言葉ほど検索価値が高い」

デューイ十進分類法、米国議会図書館分類、UDC、日本十進分類法 ―― 人類が手で組み立ててきた分類体系には、よく出てくる言葉より、稀にしか出てこない言葉のほうが文書の特徴を強く捉えるという共通の知恵がありました。1972年、英ケンブリッジ大学の情報科学者カレン・スパーク・ジョーンズ(Karen Spärck Jones)は、この直感を厳格な数式に落とし込みました(*Journal of Documentation* 28巻, 11-21頁)。彼女が提案した「逆文書頻度(Inverse Document Frequency, IDF)」は、全文書数Nを、その単語を含む文書数で割って対数を取るだけのシンプルな式です。

ありふれた単語ほどIDFが低く、稀な単語ほどIDFが高くなる ―― この一行の式は、その後ベクトル空間モデルと組み合わされてTF-IDFとして体系化され、Google、Bing、Elasticsearch、Wikipedia検索の底で動く基礎技術になりました。デューイ十進分類法が知識を10分類した行為は、頻度の偏りを使って情報の特異性を顕在化させる情報利得最大化の操作として、半世紀後に情報理論の言葉で読み直されたのです。

スパーク・ジョーンズの式は、word2vecやBERTを経てChatGPTのベクトル意味表現にまで連なる系譜の起点です。図書館分類は、19世紀の硬い棚から21世紀の機械学習モデルまで、稀少さこそが意味を運ぶというひとつの情報原理の上で進化を続けています。

QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

次回は「都市計画の系譜 ― ハワードからコールハースへ」をお届けします。

NEXT EPISODE 第75話「都市計画の系譜 ― ハワードからコールハースへ」 第75話を読む →
メルマガで次話を受け取る PDF版を読む 全100話の地図へ
連載更新・実践事例・関連トピックをお届けします
ようこそ。確認メールをお送りしました。
これから一緒に「変化のかたち」を読み解いていきましょう。