PART IV 支えのかたち 第11章 見えないインフラ 第69話
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電力網の倫理学

第IV部「支えのかたち」は、第10章「規格・標準化」を経て、第11章「見えないインフラ」に入ります。普段は意識されないけれど、それが止まった瞬間に社会のすべてが止まる――そのような構造の代表が、電力網です。本話は、電力という見えないインフラが、いかに技術選択と倫理判断の積み重ねの上に立っているかを辿ります。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約—分 PDF版で読む

第IV部「支えのかたち」は、第10章「規格・標準化」を経て、第11章「見えないインフラ」に入ります。普段は意識されないけれど、それが止まった瞬間に社会のすべてが止まる――そのような構造の代表が、電力網です。本話は、電力という見えないインフラが、いかに技術選択と倫理判断の積み重ねの上に立っているかを辿ります。

物語は1880年代の米国に始まります。トーマス・エジソン(1847-1931)は1882年、ニューヨークのパール街に世界初の商用発電所を開業しました。エジソンが採用したのは直流(DC、Direct Current) 方式です。低電圧で安全に扱える反面、送電距離が約1.6キロメートル程度に限られるという弱点を抱えていました。

これに対抗したのが、ジョージ・ウェスティングハウス(1846-1914)と、彼に技術を提供したニコラ・テスラ(1856-1943)です。テスラが完成させた多相交流(AC、Alternating Current) 方式と、変圧器による昇圧・降圧の組み合わせは、長距離送電を可能にしました。1880年代後半から1890年代初頭にかけて、両陣営は新聞・実演・公開処刑用電気椅子の規格論争まで巻き込みながら、激しい主導権争いを繰り広げます。歴史家はこれを「電流戦争(War of Currents)」と呼びます。

決着の象徴が、1893年シカゴ万国博覧会でした。会場の点灯契約をウェスティングハウス=テスラ陣営が獲得し、20万個以上の電球が交流方式で輝きます。続く1895年のナイアガラ滝発電所は、テスラの設計に基づいた多相交流の大規模事業として完成し、約40キロメートル離れたバッファロー市まで送電に成功しました。長距離送電を前提とした大規模集中型電力網の世界標準が、ここに確立します。

この技術史を、社会と組織の絡み合いとして描き直したのが、米国の技術史家トマス・ヒューズ(1923-2014)の主著『Networks of Power: Electrification in Western Society, 1880-1930』(Johns Hopkins University Press, 1983)です。ヒューズは、米国・英国・ドイツの電力網形成を比較しながら、電力網が単なる機械の集合ではなく、発明家・経営者・規制当局・需要家・金融が編み合わされた大規模技術システム(Large Technical System、LTS) であることを示しました。技術選択は、純粋な工学最適ではなく、社会・制度・政治の場で決まる。

日本の電力史も、この構図の上に展開しました。1887年、藤岡市助らが設立した東京電燈会社が、国内初の一般供給を開始します。明治後期から大正にかけては群雄割拠の民間電力会社時代が続きましたが、戦時体制下の1939年に日本発送電株式会社と9配電会社へ統合され、戦後の1951年に9電力体制――北海道・東北・東京・中部・北陸・関西・中国・四国・九州の地域独占――が確立します。沖縄電力の発足を経て、2016年4月の電力小売全面自由化までの約65年間、日本の電力網はこの大規模集中型の枠組みで運営されました。

そして21世紀、電力網は再び大きな転換期に入っています。再生可能エネルギーの拡大、スマートグリッド、屋根上太陽光や蓄電池による分散型電源、電気自動車を双方向の蓄電装置として使うV2G(Vehicle to Grid)。ヒューズが描いた集中型LTSは、いま、分散と集中が共存する別のかたちへと書き換えられつつあります。

電力網の選択は、技術ではなく倫理の問いでもあります。

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電力網の歴史を、現代経営の視点から読み直すと、3つの実用的視点が立ち上がります。

第一に、自社事業を支える「見えないインフラ」の特定。製造業の電力・水・産業ガス、データセンターの電力・冷却・通信、小売業の物流・決済・POS、医療機関の電源・酸素・ネットワーク。これらが止まった瞬間に事業が止まる構造を、平時に可視化しておくことが事業継続計画(BCP)の核心です。2018年9月の北海道全域ブラックアウト(胆振東部地震に起因)、2022年3月の東日本電力ひっ迫警報は、電力前提を見直さずに来た企業に強い学習を強いました。電力契約・自家発電・蓄電池・需給調整契約は、コスト項目ではなくレジリエンス投資です。

第二に、「分散型エネルギー」を経営戦略に組み込む視点。屋根上太陽光、蓄電池、コージェネレーション、V2G、自営線マイクログリッド、PPA(電力購入契約)、コーポレートPPA、RE100加盟。これらは脱炭素対応であると同時に、電力料金変動リスクへのヘッジであり、地域社会との関係資本でもあります。Apple・Google・Amazonがすでに事業所の電力を100パーセント再エネ化しているのに対して、日本の中堅企業はまだ多くがオンサイト再エネに踏み込めていません。

第三に、「電力小売自由化」後のサービス選択。2016年4月の全面自由化以降、料金プラン、再エネ比率、需給調整サービス、デマンドレスポンスへの参加など、電力契約は経営判断の対象になりました。電力会社をコスト窓口ではなく、エネルギー戦略のパートナーとして選び直す段階に来ています。

電力は、最も静かに、最も深く、経営を支えているインフラです。

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2. 異分野からの発展的視点 ― ハブリンが解いた「相互依存ネットワークの破滅的な弱さ」

私たちの社会のインフラは互いに密接に絡み合っています。電力網は通信網に依存し、通信網は電力網に依存する。一見、冗長で頑健に見えるこの構造に致命的脆弱性があることを示したのは、イスラエル・バル=イラン大学の物理学者シュロモ・ハブリン(Shlomo Havlin)らです(*Nature* 464巻, 1025-1028頁, 2010)。

ハブリンらは「ある程度独立した1つのネットワーク」と「互いに依存する2つのネットワーク」を比較する数理モデルを構築しました。独立したネットワークではノードを無作為に取り除いたとき、全体が崩壊するのは大半を失った後。しかし2つの相互依存ネットワークを互いに連結すると、驚くほど少数のノードを失っただけで全体が突然、急峻に崩壊する。電力網が通信制御を失い、通信網が電力供給を失う ―― 相互依存は脆弱性を指数的に増幅していたのです。

エジソンとウェスティングハウスの電流戦争、Hughesの「大規模技術システム」、スマートグリッド、分散型電源、Vehicle to Grid ―― 電力網の歴史が示してきたのは、効率と冗長性のあいだの絶え間ない交渉でした。ハブリンの発見は、私たちのインフラがいかに見えにくい仕方で脆弱なのかを物理学の言語で告げています。レジリエンスの設計は、もはや工学の選択肢ではなく、現代社会の生存条件です。

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