PART IV 支えのかたち 第10章 規格・標準化 第63話
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万国博覧会と標準化

メートル法が「計量」という抽象的な物差しを世界に行き渡らせたとすれば、もう一つの強力な物差しを社会に埋め込んだ装置がありました。万国博覧会です。各国・各企業の技術と産品を、ひとつの会場で横並びに展示する。比較する。等級をつける。授賞する。この一連の所作そのものが、19世紀後半から20世紀前半にかけて、世界の規格・分類・展示の作法を作り上げていきました。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約—分 PDF版で読む

メートル法が「計量」という抽象的な物差しを世界に行き渡らせたとすれば、もう一つの強力な物差しを社会に埋め込んだ装置がありました。万国博覧会です。各国・各企業の技術と産品を、ひとつの会場で横並びに展示する。比較する。等級をつける。授賞する。この一連の所作そのものが、19世紀後半から20世紀前半にかけて、世界の規格・分類・展示の作法を作り上げていきました。

物語は1851年に始まります。ロンドン・ハイドパークで開かれた、史上初の本格的国際博覧会、第1回ロンドン万国博覧会(The Great Exhibition of the Works of Industry of All Nations) です。仕掛け人は、ヴィクトリア女王の夫アルバート公(1819-1861)と、英国王立芸術協会の改革者ヘンリー・コール(1808-1882)。この2人の主導で、産業革命を経た英国の工業力と、世界各地の物産を、一つの会場で展示するという前代未聞の企画が立ち上がりました。

会場として建てられたのが、ジョセフ・パクストン(1803-1865)設計のクリスタルパレス(Crystal Palace、水晶宮) です。鉄骨と板ガラスだけで構成された全長約560メートルのプレファブ建築は、わずか9カ月で建造され、近代建築史の起点の一つとされます。141日間の会期に約600万人――当時の英国人口のおよそ3分の1に相当する人々――が訪れ、世界14,000の出展者の品々を、入場料6ペンスで一覧することができました。

万国博覧会の本質は、しばしば「お祭り」として語られますが、より重要なのは、それが世界初の規格・分類・展示の装置だったことです。出展物は事前にカテゴリ別に分類されました。1851年ロンドン万博では、原材料・機械・製造品・芸術の4大区分から始まり、後に細分化されていきます。各カテゴリ内で、国際審査員団が金賞・銀賞・銅賞を決定する。受賞は、その後の事実上の国際標準として機能していきました。

代表例が、1876年のフィラデルフィア万博――米国独立100年記念の万博――です。会場でアレクサンダー・グラハム・ベルが電話を実演し、最高賞を獲得しました。その瞬間から、ベル方式の電話が世界の電話規格の出発点になります。1881年のパリ国際電気博覧会では、トーマス・エジソンの白熱電球と発電システムが金賞を受賞し、エジソン方式が世界の電灯規格の基礎となります。1915年のサンフランシスコ・パナマ太平洋万博では、ヘンリー・フォードの流れ作業生産方式が実演展示され、20世紀の大量生産の標準として世界に広まりました。

英国の博覧会研究者ポール・グリーンハルは、その大著『Ephemeral Vistas: The Expositions Universelles, Great Exhibitions and World's Fairs, 1851-1939』(Manchester University Press, 1988年)を著しました。同書では、1851年から第二次世界大戦前夜までの主要な国際博覧会が体系的に分析されています。そこで描き出されたのは、それらが国民国家・帝国主義・産業資本主義・植民地主義・大衆消費社会の交差点に立つ装置だったということです。万博は、単に物を並べる場ではなく、世界をどう分類し、どう序列化するかそのものを、毎回更新していった舞台だったのです。

1873年ウィーン、1893年シカゴ(ダニエル・バーナム指揮のホワイト・シティ、コロンブス到達400年記念)、1900年パリ、1970年大阪、2005年愛知(愛・地球博)、そして2025年大阪・関西万博。万博の歴史は、世界が何を「見せたい」と考えてきたかの歴史でもあります。

並べることは、揃えることでもあります。

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万国博覧会の歴史を、現代経営の文脈で読み直すと、3つの実用的視点が立ち上がります。

第一に、「展示の場」を経営戦略として位置づける視点。CES、IFA、SXSW、CEATEC、IAA、Mobile World Congress、Web Summit、ダボス会議、TED――これらはどれも19世紀の万博の系譜にある「規格・比較・受賞」の装置です。ソニーがCESでウォークマン後継の方向性を示し、Appleが独自イベントで業界の方向を定義し、テスラがオートショーで電気自動車の標準を塗り替えた。出展は単なる広報ではなく、業界の物差しを作る場への参画です。中小企業も、業界カンファレンスでの登壇・受賞・デモンストレーションを、製品PRではなく規格形成戦略として位置づけられます。

第二に、「カテゴリ」と「比較軸」の設計。万博の核心は、何を同じカテゴリに並べるかでした。Aと Bが同じ棚に並んだ瞬間、両者は比較対象として認識されます。Apple Storeの棚、Amazonのカテゴリ、楽天市場のジャンル、Googleの検索結果、ChatGPTの分類――現代の事業競争は、どのカテゴリに自社が並ぶかの戦争でもあります。「家電量販店ではなくライフスタイル・ショップに並ぶ」ことを選んだ無印良品、「化粧品ではなくウェルネス領域に並ぶ」ことを選んだ複数のD2Cブランドは、カテゴリ移動による価値創出の好例です。

第三に、「受賞・認証」を国際標準への入口として活用する視点。ISO認証、B Corp認証、グッドデザイン賞、レッド・ドット・デザイン賞、ミシュラン、JIS、Energy Star――どれも19世紀万博の金賞メダルの系譜にあります。こうした認証への参画は、単なる名誉ではなく、業界の比較軸そのものに自社の存在を組み込む行為です。

並べる側に立つか、並べられる側に立つか。

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2. 異分野からの発展的視点 ― ベッテンコート=ウェストの「都市スケーリング法則」

万博が一時的に集める人口、技術、文化の集積は、なぜそれほど大きな効果を持つのか。2007年、米サンタフェ研究所のルイス・ベッテンコート(Luís Bettencourt)と物理学者ジェフリー・ウェスト(Geoffrey West)らは、世界中の都市数千を対象に、人口とさまざまな指標の関係を解析した研究を発表しました(*PNAS* 104巻, 7301-7306頁)。発見されたのは、驚くほど一致する普遍法則でした。

特許数、研究開発投資、賃金、GDP、芸術家の数 ―― これらは都市の人口に対して1.15乗(超線形)でスケールしていました。つまり人口が2倍になると、生産性は2倍ではなく約2.3倍に増える。一方インフラ(道路総延長・電線・ガソリンスタンド)は0.85乗(亜線形)で、人口が2倍でも1.8倍で済む。さらに犯罪・伝染病・大気汚染も超線形でスケールする。都市は効率と病理を同時に増幅する装置でした。この指数は、生物学者マックス・クライバーが1932年に発見した「生命の代謝率が体重の3/4乗で亜線形」に従う法則と、同じ普遍構造を持っています。

1851年のロンドン万博、1889年のパリ万博、1893年のシカゴ万博、1970年の大阪万博、2025年の大阪・関西万博 ―― 万博は数千万人を一時的に一都市に集中させ、1.15乗の超線形効果を意図的に発動させる装置でした。万博が開催地の文化資本・国際標準化を一気に変える力を持つのは、都市スケーリング法則の物理的必然の現象です。

QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

次回は「ISO規格の人類学」をお届けします。

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