PART II 媒介のかたち 第6章 学問領域創出 第37話
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社会福祉学の誕生 ― リッチモンドの仕事

ナイチンゲールが医療現場から「看護学」を立ち上げた半世紀後、別の女性が、別の現場から、別の学問領域を立ち上げました。メアリー・エレン・リッチモンド(1861-1928)。彼女が確立したのは、現在の「社会福祉学(Social Work)」と「ケースワーク」の体系的な方法論です。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約—分 PDF版で読む

ナイチンゲールが医療現場から「看護学」を立ち上げた半世紀後、別の女性が、別の現場から、別の学問領域を立ち上げました。メアリー・エレン・リッチモンド(1861-1928)。彼女が確立したのは、現在の「社会福祉学(Social Work)」と「ケースワーク」の体系的な方法論です。

リッチモンドが活動した時代は、産業革命の負の影響が顕在化していた19世紀末から20世紀初頭でした。米国の都市部には、移民労働者、失業者、孤児、病者、依存症者があふれ、英国でも19世紀の貧困問題が深刻化していました。慈善活動は活発でしたが、組織的でも体系的でもなく、しばしば「情けで施しを与える」だけで終わっていました。「貧者を助ける」という善意が、貧困の構造的原因に届かない。これを変えようとしたのが、リッチモンドの仕事でした。

英国では、1869年にロンドンで設立された慈善組織協会(Charity Organization Society、COS)が、組織的な貧困支援の先駆けでした。米国では、1877年にニューヨーク州バッファローでCOSの米国支部が立ち上がります。1889年、若きリッチモンドはボルチモアのCOSに事務員として参加し、次第にケースワークの方法論を体系化していきます。

彼女の革命的な仕事は、1917年に出版された『社会診断(Social Diagnosis)』に結晶します。この本で彼女は、医師が患者を診断するように、社会福祉ワーカーが個人を取り巻く社会環境を体系的に診断する方法を提案しました。家族・職場・地域・経済状況・健康状態・人間関係――個人の困難は、本人の性格や努力不足ではなく、これらの環境要因の網目から生まれる、と。彼女はこのアプローチを「パーソン・イン・エンバイロンメント(人と環境)」と呼び、現代の社会福祉学の基礎概念にしました。

1922年の『ソーシャル・ケースワークとは何か(What is Social Case Work?)』は、ケースワーカーの仕事を「個人と環境の調整を、人格の発達によって支える専門的活動」と定義しました。これは慈善とは違います。専門職としての社会福祉士の誕生です。

ナイチンゲールが看護学校を立ち上げたように、リッチモンドの方法論は、ニューヨーク慈善学校(1898年設立、後にコロンビア大学社会福祉大学院)、シカゴ大学社会事業学校、ペンシルベニア社会福祉大学院などで体系的に教育されるようになります。日本では、1944年に日本社会事業学校が設立され、戦後1958年に日本社会事業大学として近代化されました。阿部志郎嶋田啓一郎ら戦後日本の社会福祉学者が、リッチモンドの方法論を日本の文脈に翻訳・展開してきました。

注目すべきは、リッチモンドと並行して、シカゴではジェーン・アダムズ(1860-1935、ノーベル平和賞1931)が、ハル・ハウスというセツルメント運動を展開していたことです。アダムズの方は地域ベースの集合的アプローチ、リッチモンドは個別ケースの体系的アプローチ。両者の補完関係が、米国社会福祉学を双頭で立ち上げました。

学問領域は、痛みのある現場から、長い時間をかけて鋳上がります。

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リッチモンドのケースワーク方法論は、現代経営の「カスタマーサクセス」「人事のタレントマネジメント」「EAP(従業員援助プログラム)」と深い構造的相同性を持っています。

第一に、「個人の問題」を「個人と環境の関係」として捉え直す。リッチモンドの最大の貢献は、貧困・失業・依存症を「本人の問題」として済ませる文化を、「環境を含めた診断」へと転換させたことでした。現代の人事でも、退職率・パフォーマンス低下・メンタル不調を「個人の問題」と片付けるのではなく、上司・チーム・職場環境・キャリア構造・家庭事情を含めた診断に立ち戻ることが、根本的な改善につながります。

第二に、診断の体系化。リッチモンドは『社会診断』で、ケースワーカーが収集すべき情報の項目(家族構成、健康状態、雇用、住居、人間関係、経済状況など)を、ほぼマニュアル的に体系化しました。これは1917年の段階で既に「ヒューマン・データの体系的収集」を確立していたことを意味します。現代でいえば、One on Oneの定型項目、エンゲージメント・サーベイの設計、退職時インタビューの構造化が、リッチモンドの体系化の現代版です。

第三に、専門職の倫理コード。リッチモンドの仕事は、ケースワーカーの倫理――守秘義務、当事者の自己決定の尊重、文化的多様性への配慮――を整備することと一体でした。現代のコンサルタント、人事担当、コーチング業界、メディカルプロフェッショナルの倫理コードは、すべてこの系譜にあります。

ヒトに関わる仕事は、慈善でも本能でもなく、訓練可能な専門職です。

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2. 異分野からの発展的視点 ― マーモットが示した「役職と寿命の7年差」

リッチモンドが「個人の問題は環境の網目から生まれる」と直観したことを、20世紀の社会疫学は長期データで厳格に証明しました。1967年、英ロンドン大学のマイケル・マーモット(Michael Marmot)は英国公務員約1万8千人を対象とする壮大な追跡研究「Whitehall Study」を始め、第二次調査(Whitehall II、1985年〜)では新たに1万人を26年以上追跡しました(Marmot et al., *Lancet* 350巻, 235-239頁, 1997)。

注目したのは、被験者が共有する条件 ―― 同じ国民保健サービス、同じ気候、同じ衛生水準 ―― のなかで、役職階層と健康寿命のあいだに何が見えるかでした。結果、事務職と上級管理職を比較すると、心臓病による死亡率は事務職のほうが約3倍高く、健康寿命は最大約7年短かったのです。喫煙・運動・食事を統制してもこの差はほぼ残りました。階層そのものが、慢性的ストレス・自律性の欠如・社会的承認の不足を通して、身体に直接刻まれていた ―― マーモットはこれを「ステイタス症候群」と名づけました。

リッチモンドが1917年に『社会診断』で、貧困を「個人の道徳の問題」から「環境を含めた構造の問題」へと書き換えた仕事は、80年後に医学的にも統計的にも裏付けられました。社会福祉学はケアの倫理であると同時に、人間の寿命を直接決める社会工学でもあったのです。

QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

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