第II部の第5章「中間支援」を、これで一区切りにします。1844年のロッチデール協同組合、賀川豊彦の友愛経済、バートの構造的空隙論、グラノヴェッターの弱い紐帯論、現代のプラットフォーム経営論。180年の系譜を辿ってきました。今回はその5話を貫く構造を取り出して、現代世界でこの構造が新しく稼働している現場を3つ訪ねます。
5話を並べて見えてくるのは、ある一貫したパラドックスです。中間支援は、自分自身の利益を直接追わない位置取りからこそ、最大の長期価値を生む。協同組合は構成員の互酬性に依存するから持続し、賀川の友愛経済は競争原理を退けたから半世紀後も影響を残し、Burtのブローカーは情報を独占しないから信頼を保ち、Granovetterの弱い紐帯は深く絡まないから新しい情報源になり、プラットフォーム企業は自ら製品を作らないから両側から信頼される。位置の選択が、価値の源泉になっています。
ここで本連載の3つの底流から、ふたたび「見えない領域への投資」を取り上げます。第3章まとめ(ep23)で扱った時間と空間の余白とは違って、本章で見えてきたのは「組織と組織のあいだの信頼」という見えない投資です。1社の業績、1人の昇進、1取引の利益では現れず、ネットワーク全体の長期的な健全性として、ゆっくり蓄積されていく類の資産です。
3つのグローバル中間支援組織の事例を訪ねます。
ひとつめは、Ashokaです。元マッキンゼー・コンサルタントのBill Drayton氏が1980年に米国で設立したAshokaは、「社会起業家(social entrepreneur)」という言葉そのものを世界に普及させた中間支援組織です。1981年にインドで第1号フェローを選出して以来、93カ国で4,000人を超えるフェローを選抜し、生涯にわたる伴走支援を行っています。Ashokaが行うのは資金提供だけではありません。フェロー同士の国際ネットワーク、メディア露出、政策提言の場、メンタリング――社会起業家が孤独に陥らず、互いに学び合えるグローバルな弱い紐帯(Granovetter)を90年代から継続的に編成してきました。Draytonは自ら製品を作らず、他者が世界を変える挑戦の支え役に徹し続けた40年です。
ふたつめは、Skoll Foundationです。eBay共同創業者のJeff Skoll氏が1999年に米国で設立した同財団は、社会起業家への「ベンチャー・フィランソロピー」を世界規模で実装する中間支援組織です。寄付でも単発助成でもなく、3〜5年の継続資金提供、組織能力構築支援、Oxford大学Said Business Schoolと連携した毎年のSkoll World Forum開催、Skoll Awardsによる年間1.25Mドル規模の表彰。前CEOのSally Osberg氏とDrayton的「ブローカー位置」の理論化を進め、共著『Getting Beyond Better』(Harvard Business Review Press, 2015)で社会起業家のシステム変革モデルを定式化しました。Burtの構造的空隙論を、グローバル社会セクターに移植・拡張したモデルです。
みっつめは、Echoing Greenです。Ed Cohen氏が1987年に米国で設立した同組織は、社会起業家の「初期段階」――まだアイデアしかない段階の起業家――を専門に支援するフェローシップ・プログラムです。年間1万件を超える応募から年間20〜30名のフェローを選び、2年間の生活資金(90,000〜120,000ドル)と組織立ち上げ支援を提供します。Wendy Kopp(Teach For America創設)、Michael Brown(City Year共同創設)、Andrew Youn(One Acre Fund創設)など、現在の世界的社会起業家の多くがEchoing Greenから出発しました。リスクを引き受けて未知の挑戦者に最初の足場を提供する――まさに「見えない領域への投資」の典型です。
3つの組織に共通しているのは、自分の事業を直接拡大せず、他者の挑戦を支える位置に立ち続けたことです。
中間支援は、見えにくい場所への、根気強い投資です。
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3事例から取り出せる、組織における「中間支援的な位置取り」の3原則を整理します。
第一に、自社事業の中で「中間支援的役割」を意識的に持つ。すべての企業がAshokaやEchoing Greenになる必要はありません。けれども、自社のサプライチェーン・顧客ネットワーク・地域コミュニティのなかで、「自社が橋渡し役になれる位置」を意識的に発見し、そこに資源を投下する経営判断は、長期的な信頼資本を蓄積します。Patagoniaの「1% for the Planet」、Unileverの「Sustainable Living Plan」、Salesforceの「1-1-1モデル」(株式・製品・時間の1%を社会還元)。事業の核と中間支援的な位置取りを両立させる発想です。
第二に、信頼の蓄積を「ストック」として認識する。財務諸表には現れない無形資産――顧客信頼、サプライヤー信頼、地域信頼、業界信頼――を、毎期の損益ではなく、5〜10年スパンのストックとして経営判断に組み込む。Robert Putnam の社会関係資本論、Francis Fukuyamaの『Trust』(1995)、Edelmanの「Trust Barometer」が示すように、信頼は失う時はあっという間で、積む時は長くかかります。
第三に、両側に裏切らない。Burtが論じた「ブローカーの信頼」と同じ構造で、中間支援組織は両側に信頼されることが生命線です。マッチング型ビジネス(人材紹介・M&A・コンサルティング)でも、両側を裏切らないことが長期競争力の源泉です。短期で片側に偏った利益を取る組織は、必ず長期で淘汰されます。
中間支援は、両側の人々の挑戦を、根気強く支える経営です。短期の華やかさと引き換えに、長期の深い価値を蓄積する選択です。
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2. 異分野からの発展的視点 ― フリーマンが定式化した「橋を渡す者」の数学
人と人、組織と組織のあいだで決定的な役割を担う「中間支援」の働きは、感覚的には誰もが知っているのに、長らく定量化が困難でした。それを一つの指標で表現したのが、米国の社会学者・ネットワーク科学者リントン・フリーマン(Linton Freeman)です。1977年、彼は「媒介中心性(betweenness centrality)」という概念を導入しました(*Sociometry* 40巻, 35-41頁)。
ある人物(ノード)を通る最短経路の数を、ネットワーク全体の最短経路総数で割る ―― それだけの単純な計算が、その人物を取り除いたときに、ネットワーク全体の連絡がどれほど断たれるかを正確に表していました。後にBarabásiらのスケールフリー・ネットワーク研究と組み合わさり、社会ネットワーク上で少数のハブ・ノードを取り除くだけで、全体の情報伝達効率が劇的に低下することが繰り返し実証されています。
Code for America、Ashoka、Skoll Foundation、Echoing Green ―― これらが社会変革のエコシステムから消えたら、彼らが繋いでいる「最短経路」が断たれ、別々のコミュニティの情報が互いに届かなくなる。中間支援は感傷の対象ではなく、社会ネットワークの位相幾何学的な臨界点に立つ少数のノードとして、数学的に再記述できる存在なのです。
次回は「ナイチンゲールと看護学の創出」をお届けします。
