PART IV ケアと遊 ・ 医療・ヘルスケア #03
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笑いは、薬になりうるのか

― 笑い研究が示す、感情と免疫の対話

Can Laughter Be a Medicine?

「笑う門には福来る」「笑いは百薬の長」――昔から日本でも世界でも語られてきた言葉です。けれど、笑いが本当に薬になりうるのか。ここ40年の精神神経免疫学が、この素朴な問いに少しずつ答えはじめています。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 自然科学 / 精神神経免疫学・笑い研究

「笑う門には福来る」「笑いは百薬の長」――こうした言葉を、私たちは古くから聞いてきました。落ち込んでいるときに友人に話を聞いてもらって笑った後、なぜか心が軽くなる。映画館で大笑いした後、なぜか身体まで楽になる。けれど、笑いが本当に薬になりうるのか――この素朴な問いに、ここ40年の精神神経免疫学(PNI: psychoneuroimmunology)が少しずつ答えを与えはじめています。

笑いの研究を一気に有名にしたのが、米国のジャーナリスト・編集者ノーマン・カズンズです。1976年、彼は重い結合組織疾患(強直性脊椎炎)と診断され、伝統的医療では回復が見込めないとされました。彼は意識的にコメディ映画を観つづけ、ビタミンCを大量摂取する自己療法を試みた結果、症状が劇的に改善し、社会復帰を果たしました。彼の体験記『Anatomy of an Illness』(1979年)は世界的ベストセラーとなり、医学界に「笑いと健康」の研究を本格化させるきっかけになりました。

その後の研究で、笑いの生理学的効果が解像されてきました。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校のリー・バークらは1989年以降、笑いがコルチゾール(ストレスホルモン)を低下させ、ナチュラルキラー細胞(NK細胞)の活性を高めることを実証してきました。日本では筑波大学の村上和雄らが、糖尿病患者に漫才を観せた研究で、食後血糖値の上昇が抑制されることを示しました(Hayashi, K. et al. 2003, Diabetes Care)。笑いは、確かに身体に作用していたのです。

心理学的にも、笑いはストレス対処の重要な機能を果たします。米心理学者ハーバート・レフコートは『Humor and Life Stress』(1986年)で、ユーモアを使える人がストレスから回復しやすいことを実証。笑いは、認知的に状況を再評価し、距離を取る能力でもあります。「笑い飛ばす」という日本語の表現は、この機能を端的に表しています。

日本では「笑い療法」「笑いヨガ」が広がっています。インドのマダン・カタリア医師が1995年に始めた笑いヨガは、「理由なく笑う」というシンプルな実践で、いまや100カ国以上に広がっています。日本では大阪の高柳和江医師が「笑医塾」を主宰し、医療の現場に笑いを持ち込む活動を続けてきました。落語と医療の融合(病院寄席)も、各地で行われています。

日々の暮らしのなかで、これは具体的に応用できます。深刻な状況のなかでも意識的にユーモアを探す、コメディや落語を観る時間を確保する、家族や友人と笑える時間を持つ。笑いは特別な技術ではなく、誰でも持っている薬です。「笑い」を健康行動として、もう一度位置づけ直してみる価値があります。

DEEPER 学術的な観点で深めると

精神神経免疫学(PNI: psychoneuroimmunology)は、米ロチェスター大学のロバート・アダーが1975年に行動条件付けによる免疫応答の修飾を示したことで体系化されました。心と免疫が双方向に作用するという発見は、医学のパラダイムを変えました。笑いの研究では、米国のノーマン・カズンズの自己療法(1976-1979)が出発点。米カリフォルニア大学アーバイン校のリー・バークが1989年以降、笑いの内分泌・免疫学的効果を実証してきました。日本では筑波大学の村上和雄(1936-2021)が遺伝子発現と笑いの関係を研究、糖尿病・関節リウマチへの効果を示しました。日本笑い学会(井上宏会長、関西大学名誉教授)が学術団体として活動。米サウスウェスタン医科大学のジョン・モリオールはユーモアの心理学を体系化。インドのマダン・カタリアが1995年に始めた笑いヨガは、いまや世界の運動になっています。笑いは、文化的概念から、神経科学・免疫学・公衆衛生の対象へと位置づけられつつあります。

SIGNAL 01

笑いの体験でNK細胞活性が約30-40%上昇、コルチゾールが低下(Bennett, M. P. et al. 2003, Altern Ther Health Med, 9(2): 38-45)。

SIGNAL 02

糖尿病患者に漫才を観せた群は、講義を聴いた群より食後血糖値の上昇が約46mg/dL低い(Hayashi, K. et al. 2003, Diabetes Care, 26(5): 1651-1652)。日本人研究者の発見。

SIGNAL 03

世界の笑いヨガクラブは100カ国以上、約8,000クラブ(Laughter Yoga International 2024)。Madan Kataria医師の運動。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Cousins, N. (1979). Anatomy of an Illness. W. W. Norton.笑い療法の出発点。
  • Berk, L. S. et al. (1989). "Neuroendocrine and stress hormone changes during mirthful laughter." Am J Med Sci, 298(6): 390-396.笑いの内分泌学。
  • Hayashi, K. et al. (2003). "Laughter Lowered the Increase in Postprandial Blood Glucose." Diabetes Care, 26(5): 1651-1652.笑いと血糖値(村上和雄ら)。
  • Lefcourt, H. M. (2001). Humor: The Psychology of Living Buoyantly. Springer.ユーモアの心理学。
  • 村上和雄(2007)『笑いの遺伝子』海竜社日本の笑い研究。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

笑いが免疫を整えるなら、年を重ねていく「老い」もまた、ただの衰えではなく、何かの機能を持っているのではないでしょうか。次回は、老いの進化生物学から、長寿の意味を考えます。

NEXT EPISODE 第67話「老いは、進化の失敗ではなく機能だった」 公開を待つ →
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