PART III 関係 ・ 恋愛 #01
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愛着のかたちは、人生のはじまりに編まれていた

― 愛着理論の系譜が示す、関係を結ぶ自分の癖の起源

Attachment Patterns Woven at the Start of Life

誰かを好きになる仕方、相手と距離を取る仕方、別れの怖さの感じ方――関係を結ぶときの自分の癖は、案外早い時期に編まれはじめています。20世紀半ばから積み上げられてきた愛着理論は、生まれて最初の数年に養育者とのあいだに作られる関係のパターンが、その後の人生の関係のかたちを静かに方向づけていることを示してきました。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約8分 学術領域: 社会科学 / 発達心理学・愛着理論

パートナーと喧嘩した後、なぜか自分が同じパターンを繰り返していることに気づく瞬間があります。相手が黙ったら追いかけずにはいられない、距離を取られると見捨てられるような不安が湧く。逆のパターンの人もいます。相手が近づいてくると、なぜか息苦しくなって距離を取りたくなる。「自分はどうしてこういう反応をしてしまうんだろう」と思ったことのある人は、少なくないはずです。

20世紀半ばから積み上げられてきた愛着理論は、こうした関係を結ぶときの「自分の癖」が、案外早い時期に編まれていることを示しています。生まれて最初の数年に養育者とのあいだに作られる関係のパターンが、その後の人生の関係のかたちを、本人にも意識されないかたちで方向づけている――そう聞くと、決定論のように響くかもしれません。けれど現代の研究は、もう少し希望のある姿を示しはじめています。

愛着のスタイルは大きく4つのパターンに分けられます。安心して相手と近づき、離れも受け入れられる「安定型」。距離を取られると強い不安を感じる「不安型」。近づきすぎると居心地が悪くなる「回避型」。安定と不安が混在する「混乱型」。これらは性格ではなく、関係の作り方の癖です。子どもの頃の養育環境のなかで、どのパターンが安全だったかが、無意識のテンプレートとして体に染みついています。

自分の愛着パターンに気づくと、相手とのすれ違いの見え方が変わってきます。「相手が距離を取りたがるのは私を嫌いだから」ではなく、「相手は近すぎる距離が怖いのかもしれない」と思える。「私が追いかけてしまうのは弱さだから」ではなく、「私は離れることが怖い癖を持っているんだ」と一歩引いて見られる。このメタな視点だけで、関係の中の苦しさは少し軽くなります。

そして、愛着パターンは固定ではありません。安定した関係のなかで、書き換わっていくことが研究で示されています。「獲得安定型」と呼ばれる、不安定な養育環境に育った人がパートナーや友人や治療者との関係のなかで安定型を獲得するケースは、決して例外ではないのです。長い時間と、誠実に向き合ってくれる相手と、自分の癖を観察する習慣――この3つがあれば、関係の歴史は確かに編み直されていきます。

関係のかたちは、過去の歴史と未来の編み直しの両方を含んでいます。誰かと深く結ばれる経験は、知らぬ間に、自分のはじまりの物語をゆっくり書き換える時間でもあるのです。

DEEPER 学術的な観点で深めると

愛着理論の出発点は、第二次世界大戦後のロンドンでした。世界保健機関の依頼で戦争孤児の研究に関わった英国の児童精神科医ジョン・ボウルビィは、母親との分離が子どもの心に深い傷を残すことに注目し、1969年の主著『愛着行動』を発表します。当時の精神分析が乳児の関係を「食事をくれる人への結びつき」と説明していたのに対し、ボウルビィは進化生物学の視点から、人間の赤ちゃんは生まれつき特定の他者と情緒的な絆を結ぶようにできていると主張しました。米国の発達心理学者メアリー・エインスワースは1970年代、「ストレンジ・シチュエーション法」によって愛着のパターンを実証的に測る方法を開発し、安定型・回避型・不安型の3分類を確立。1980年代にはメアリー・メインらが第4の混乱型を加えました。日本では東京大学の遠藤利彦が日本の家族文化に根ざした愛着研究を続けており、文化によって安定型の現れ方が異なることを示しています。1987年、米デンバー大学のシンディ・ハザンとフィリップ・シェイバーが「成人愛着」の枠組みを提示し、子どもの頃のパターンが大人の恋愛・友情・職場関係に持ち越されることを実証しました。2000年代以降、機能的MRIの普及により、愛着の不安が活性化するときに脳のどの領域が反応するか、絆の深さがオキシトシンというホルモンとどう関わるかが解像されてきています。

SIGNAL 01

世界各国で実施されたストレンジ・シチュエーション研究のメタ分析によれば、安定型は約60%、不安型約20%、回避型約15%、混乱型約15%の分布(van IJzendoorn & Sagi-Schwartz 2008、文化により変動)。

SIGNAL 02

不安定な養育環境に育っても、安定したパートナーや治療関係を通じて「獲得安定型」になる例は約30%(Roisman et al. 2002、Adult Attachment Interview)。愛着は固定でない。

SIGNAL 03

機能的MRI研究で、愛着不安が活性化すると扁桃体・島皮質が、回避が活性化すると前頭前皮質の制御が強まる(Vrtička & Vuilleumier 2012、Front Hum Neurosci)。

KEY REFERENCE この回の典拠
  • Bowlby, J. (1969). Attachment and Loss, Vol. 1. Basic Books.愛着理論の基礎文献。
  • Ainsworth, M. D. S. et al. (1978). Patterns of Attachment. Erlbaum.ストレンジ・シチュエーション法の確立。
  • Hazan, C. & Shaver, P. (1987). "Romantic love conceptualized as an attachment process." JPSP, 52(3): 511-524.DOI: 10.1037/0022-3514.52.3.511 / 成人愛着研究の出発点。
  • Main, M. & Solomon, J. (1990). "Procedures for identifying infants as disorganized."混乱型愛着の発見。
  • 遠藤利彦(2017)『赤ちゃんの発達とアタッチメント』ひとなる書房日本における愛着研究の中核文献。
  • Mikulincer, M. & Shaver, P. R. (2016). Attachment in Adulthood (2nd ed.). Guilford.成人愛着研究の総合的レビュー。
QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

愛着のかたちが人生のはじまりに編まれるなら、子どもという存在は単に「未熟な大人」ではなく、独自の世界を生きている別の知性なのかもしれません。次回は、発達心理学が解像してきた「子ども独自の認知世界」を辿ります。

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