会議のあり方を見ていると、その組織の知性のかたちが見えてきます。発表する人は誰か、誰が黙っているか、どんな質問が飛び交うか――こうした目に見えにくい要素が、その組織が世界からどれだけ学べるかを決めています。「答え」ではなく「問い」の質が組織の知性を決めている――この発想は、20世紀後半の組織論で繰り返し提示されてきました。
米マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャインは、長い組織心理学のキャリアの晩年に『Humble Inquiry(謙虚な問いかけ)』(2013年)を著しました。彼が論じたのは、リーダーシップの本質は「答えを示すこと」ではなく「正しい問いを発すること」だ、という発想です。「あなたは何が見えていますか」「どんな違和感がありますか」「私が見落としていることはありますか」――こうした開かれた問いが、組織の沈黙を破り、隠れた知識を引き出す力を持っています。
逆に、組織の知性を損なう問いの形もあります。「なぜできなかったのか」「誰のせいか」「何が問題だったのか」――責任追及型の問いは、人を防衛的にし、本当の事実を覆い隠します。米ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソンは「心理的安全性」の研究で、メンバーが安心して発言・質問・失敗の共有ができる組織が、長期的に高い学習能力を持つことを実証してきました。心理的安全性は性格の問題ではなく、リーダーが発する問いの質と直結しているのです。
質問の質を高める具体的な作法はいくつかあります。第一は「閉じた質問(はい/いいえで答えるもの)」より「開かれた質問(説明を引き出すもの)」を増やすこと。第二は「過去への問い」より「未来への問い」(「次に何を試せばいいか」)を増やすこと。第三は、自分が答えを持っていない問いを発する勇気を持つこと。リーダーが「私もわからない」と言える組織は、メンバーも「わからない」と言える組織になります。
これは、家庭や友人関係にも応用できます。「学校で何があったの」と詰問する代わりに、「今日、面白かったことは何」と聞いてみる。配偶者の不機嫌に「なぜ機嫌が悪いの」と聞く代わりに、「今、どんなことを感じている」と聞いてみる。問いの形を変えるだけで、出てくる答えと、その後の関係の質が変わってきます。
組織でも家庭でも友人関係でも、私たちはたいてい「いい答え」を持っている人を尊敬しています。けれど、本当に深い対話と学びを生むのは、「いい問い」を持っている人かもしれません。今日、自分の周りの誰かに、どんな問いを発するか――それが、関係の質を、知らないうちに編んでいるのです。
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組織における問いの設計の研究は、長い系譜があります。米マサチューセッツ工科大学のエドガー・シャイン(1928-2023)は組織心理学・組織開発の第一人者として、(2013年)と(2016年)で、問いを核にしたリーダーシップ論を体系化しました。米ハーバード・ビジネススクールのエイミー・エドモンドソンの「心理的安全性」研究(2012年、2018年)は、グーグルのプロジェクト・アリストテレスでも中核的概念として位置づけられました。米ピーター・センゲの『学習する組織』(1990年)は、組織を「学ぶ主体」として捉える視点を提示。米ノーザンウェスタン大学のフィリップ・ナトラジャン、米バージニア大学のキャシー・カラムは、開かれた質問と組織パフォーマンスの関係を実証研究してきました。日本では野中郁次郎(一橋大学名誉教授)の知識創造理論(第31話と関連)、組織論の沼上幹(一橋大学)が組織の認識論を継続的に研究しています。問いの設計は、コーチング・ファシリテーション・組織開発・経営学の交差点で、近年急速に重要性を増しています。
心理的安全性が高い組織はイノベーション指標が約30%高く、離職率が25%低い(Edmondson, A. C. 2019, The Fearless Organization、複数のメタ分析)。
グーグルの「プロジェクト・アリストテレス」(2012-2015)は180チームを分析し、心理的安全性が最重要要因と結論(Google re:Work 2016)。
「開かれた質問」を多用するリーダー下で、会議の発言量が約40%増加、非リーダーの発言比率も向上(Schein, E. H. 2013ほか実証研究)。
KEY REFERENCE この回の典拠 ▾
- Schein, E. H. (2013). Humble Inquiry. Berrett-Koehler.謙虚な問いかけの論考。
- Edmondson, A. C. (2018). The Fearless Organization. Wiley.心理的安全性の組織論。
- Senge, P. M. (1990). The Fifth Discipline. Doubleday.学習する組織論。
- 野中郁次郎・竹内弘高(1996)『知識創造企業』東洋経済新報社知識創造理論。
- Sandberg, J. & Tsoukas, H. (2020). "Sensemaking Reconsidered." Organization Theory, 1(1).組織のセンスメイキング研究。
組織の知性が問いから生まれるなら、職場の「雑談」――一見、無駄に見える時間――もまた、組織の学びを支えているはずです。次回は、雑談に隠れた学習の機会を、インフォーマル学習の研究から辿ります。
