FINAL — 終 章 終章 フォーサイトと型 第98話
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フォーサイトと型 ― 未来は「つくる」もの

終章に入ります。本連載は5メタ型・15サブ型・3底流という地図を、人類史と世界各地の事例を往復しながら描いてきました。残された問いは一つです。この地図は、未来をつくる方法論として、どう使えるのか。本話はその問いに、未来学(Futures Studies)とフォーサイト(Foresight)の系譜を重ねながら答えます。

西村 勇也(NPO法人ミラツク 代表理事) 2026年5月8日 推定読了 約—分 PDF版で読む

終章に入ります。本連載は5メタ型・15サブ型・3底流という地図を、人類史と世界各地の事例を往復しながら描いてきました。残された問いは一つです。この地図は、未来をつくる方法論として、どう使えるのか。本話はその問いに、未来学(Futures Studies)とフォーサイト(Foresight)の系譜を重ねながら答えます。

近代的な未来研究の起点は、1950年代のハーマン・カーン(Herman Kahn、1922-1983)です。彼は冷戦期にRAND Corporationで核戦争のシナリオを研究し、1961年にハドソン研究所(Hudson Institute)を設立、想定可能な未来の枝分かれを「シナリオ」として記述する手法を確立しました。「考えられないことを考える(thinking the unthinkable)」という言葉は、フォーサイトの出発点です。

カーンの方法論を企業経営の世界に持ち込んだのがピーター・シュワルツ(Peter Schwartz)です。シェルでのシナリオプランニング実践を経て、彼は1991年に『The Art of the Long View』(Doubleday 1991、邦訳『シナリオ・プランニングの技法』垰本一雄・池田啓宏訳、東洋経済新報社 2000)を著し、不確実な未来に対して複数のシナリオを並べて備える作法を、世界中の経営者に届けました。

理論面でさらに深い射程を拓いたのが、ソハイル・イナヤトゥラ(Sohail Inayatullah)の因果階層分析(Causal Layered Analysis、CLA)です。1998年の論文(Futures 30(8), Macmillan/Elsevier 1998)で提唱されたCLAは、未来を「litany(表層の言説)/systemic causes(システム的原因)/worldview(世界観)/myth・metaphor(神話・隠喩)」の4層で読み解きます。表層の予測ではなく、文化の深層から未来を再記述する方法論です。

教育の文脈では、ハワイ大学マノア校でジム・デイター(Jim Dator)が4 alternative futures(成長continuation/崩壊collapse/規律discipline/変容transformation)という枠組みを提示し、「ありうる未来は一つではない」という認識を制度化しました。理論的集大成は、ウェンデル・ベル(Wendell Bell)の『Foundations of Futures Studies』全2巻(Transaction Publishers 1997)です。

日本では、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)が1971年から5年ごとに大規模な未来予測調査を実施し、政策の長期視座を形成してきました。私たちミラツクも、約30冊の未来予測関連書籍を読書会形式で読み解き、個別予測を「カード」として抽出した1,141件の未来予測研究データベースを構築し、18領域マップ・33テーママップへと展開しています。

ここで本連載の地図と、フォーサイトが交差します。5かたち(場・媒介・物語・支え・開き)と3底流(生まれる/新結合/見えない投資)の組み合わせは、未来をつくるためのシナリオ生成エンジンとして機能します。たとえば「物語かたち×新結合×規律的未来」と「場のかたち×生まれる設計×変容的未来」は、まったく違うシナリオを生む。型を持つことが、未来を多様に描き分け、選び取る方法論になるのです。

英国を拠点とする社会哲学者ロマン・クルツナリック(Roman Krznaric、豪州出身)は『The Good Ancestor』(The Experiment 2020、邦訳『グッド・アンセスター』松本紹圭訳、あすなろ書房 2021)で、「私たちは未来の世代にとっての良き祖先となれるか」と問いました。アラン・ケイの「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」、ピーター・ドラッカーの「未来を予測する最良の方法は、それを創ることだ」――この系譜の上に、本連載は立っています。未来は予測するものではなく、つくるもの。型は、その「つくる」を支える道具です。

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経営におけるフォーサイトの実装は、3つのレイヤーで進めることができます。

第一レイヤー:シナリオ・プランニングの定着。シュワルツの『シナリオ・プランニングの技法』(東洋経済新報社 2000)が示したように、複数の未来を並列で記述し、それぞれに対する備えを設計する作法は、5年・10年・30年のホライズンで意思決定を行う経営者の基本ツールです。シェル、BP、Shell-Sumitomoといったエネルギー企業から、近年はトヨタ、富士通、日立がシナリオ部門を内製化しています。重要なのは「ひとつの正解」を求めず、「複数の備え」を持つこと。これは型1〜5を組み合わせる本連載の作法と完全に重なります。

第二レイヤー:CLAによる深層変容の探索。イナヤトゥラのCLAは、表層のトレンド分析を超えて、組織の世界観・神話・隠喩を書き換える対話の場を作ります。経営合宿、戦略策定ワークショップ、ボードでの長期討議に、CLAの4層構造を導入することで、議論の深度が変わります。「なぜ我々はこの事業をしているのか」を、神話の層まで遡って問い直す。これが変容(transformation)型シナリオを社内に立ち上げる入り口です。

第三レイヤー:「良き祖先」としての投資判断。クルツナリックの問いは、四半期決算と長期投資のジレンマに対する倫理的軸を与えます。100年後、1,000年後の世代に何を残すか。気候変動対応、教育投資、文化資本の蓄積、企業博物館・アーカイブ――短期ROIを超えた判断は、「良き祖先」の概念で再定義できます。本連載の3底流のうち「見えない領域への投資」は、まさにこの倫理的軸の経営的翻訳です。

5かたち×3底流×フォーサイトの3レイヤー実装が、長期経営の中核装置になります。

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2. 異分野からの発展的視点 ― ローレンツの蝶が示した「予測不可能性の構造」

未来予測には、原理的な限界があります。これを科学者として最初に厳密に証明したのは、米マサチューセッツ工科大学の気象学者エドワード・ローレンツ(Edward Lorenz)でした。1961年のある冬の朝、彼は前日の気象シミュレーションを途中から再実行しようと、初期値を6桁の精度で入力し直しました。短い昼食から戻ったとき、画面に表示されていたのは、前日とまったく異なる気象パターンです。

原因は、わずかな丸め誤差 ―― 小数点以下4桁目以降の0.0001以下の差 ―― が、シミュレーション内部で指数関数的に増幅されていたことでした。彼はこの現象を1963年に論文「Deterministic Nonperiodic Flow」(*Journal of the Atmospheric Sciences* 20巻, 130-141頁)で発表し、後に「バタフライ効果」として知られる初期値鋭敏依存性を明らかにしました。「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークでハリケーンが起きるかもしれない」 ―― この比喩は、決定論的に動く系であっても、長期予測が原理的に不可能であることを示しています。

カーン、シュワルツ、イナヤトゥラ、デイター、クルツナリック ―― 連載で辿ってきた未来学者たちの方法論は、ローレンツの予測不可能性のなかで揺れています。未来は予測できない、しかし確率的に育てることはできる ―― この緊張のなかに、5かたちと3底流を「未来をつくる」道具として使う私たちの位置があるのです。

QUESTION FOR NEXT — 次号への問い

次回は「教養としてのソーシャルイノベーション」をお届けします。

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