第V部「開きのかたち」第15章「可視化メディア」の本話で取り上げるのは、現実を切り取って人々の前に開くドキュメンタリー映像の系譜です。動く画像が社会変容のアクターになるとき、撮影者はジャーナリストであると同時に、しばしばアクティビストになります。
ドキュメンタリー映画の起点は、3人の作家に求められます。第一に、ソビエトのジガ・ヴェルトフ(Dziga Vertov、1896-1954)。彼は1929年に『カメラを持った男(Человек с киноаппаратом / Man with a Movie Camera)』を発表し、台本も俳優も字幕もない、街の日常そのものを映像のリズムに変換する実験を行いました。彼の標語「キノ・プラウダ(кино-правда、映画=真実)」は、フィクションを排した「事実の映像」という思想の原点です。
第二に、米国のロバート・フラハティ(Robert Flaherty、1884-1951)。1922年に『極北のナヌーク(Nanook of the North)』を撮り、北極圏のイヌイットの生活をスクリーンに開きました。後に「演出された場面」が含まれることが指摘されますが、現地に長期滞在して被写体と関係を結ぶ参与観察的撮影の原型を作りました。
第三に、英国のジョン・グリアソン(John Grierson、1898-1972)。彼は1926年にフラハティの作品を評する文章で「documentary」という語を初めて用い、1930年代に英国ドキュメンタリー運動を組織します。郵便、石炭、住宅といった地味な公共主題を社会的に開く映像を作り、ドキュメンタリーを「現実の創造的処理(creative treatment of actuality)」と定義しました。
しかし映像は、開きの道具であると同時に、操作の道具にもなります。レニ・リーフェンシュタール(Leni Riefenstahl、1902-2003)が1935年にナチス党大会を撮った『意志の勝利(Triumph des Willens)』は、卓越した美学的構成によって全体主義を称揚した作品として、プロパガンダ映像の倫理問題を半永久的な問いとして残しました。
戦後、映像はより明確にアクティビズムと結びつきます。米国のマイケル・ムーア(Michael Moore、1954-)は、自らがGM工場閉鎖の街を歩き回りCEOにインタビューを試みる『ロジャー&ミー(Roger & Me)』(1989年)、銃社会の構造を抉る『ボウリング・フォー・コロンバイン(Bowling for Columbine)』(2002年、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞)で、撮影者本人が画面に登場し議論を仕掛ける一人称型ドキュメンタリーを確立しました。元米副大統領アル・ゴア(Al Gore、1948-)の『不都合な真実(An Inconvenient Truth)』(2006年、デイビス・グッゲンハイム監督)は、講演とアニメーションで気候変動を可視化し、世論を動かしました。
2010年代以降、可視化の主役はスマートフォンを持った市民へと開かれます。2010-11年のアラブの春ではFacebook・YouTube・Twitterに投稿された街頭映像が革命の流通路となりました。2014年のエリック・ガーナー事件、2020年のジョージ・フロイド事件では、市民が撮影した警察暴力の動画が世界中に拡散し、Black Lives Matter運動を増幅させました。1992年に音楽家ピーター・ガブリエル(Peter Gabriel)が設立したNPOWITNESSは、人権侵害の現場映像の撮影・検証・拡散を技術と倫理の両面で支援し、市民撮影の制度化を進めました。
日本では、原一男(1945-)が元日本軍兵士・奥崎謙三の戦争責任追及行を密着撮影した『ゆきゆきて、神軍』(1987年)で、ドキュメンタリーの倫理的限界に挑みました。想田和弘(1970-)は、台本も BGM も用いない「観察映画」を10作以上手がけ、選挙、精神病院、演劇、漁港の日常を静かに開いています。3.11以降、福島の現場、官邸前デモ、被災地の証言は、テレビ局を経由せずYouTubeに直接投稿され、もう一つの記録を残しました。
カメラを向けることは、世界に介入することです。
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ドキュメンタリー映像の系譜は、現代の経営とコミュニケーションに三つの実践的示唆を与えます。
第一に、「動画ファースト」のステークホルダー対話。Patagonia、Allbirds、Tony's Chocolonelyなどのパーパス志向企業は、自社サプライチェーンの長尺ドキュメンタリーをYouTubeで自主制作・公開しています。フラハティ=グリアソン的な「現場長期密着」の手法が、企業のサステナビリティ報告と結びつき、報告書(PDF)から映像(YouTube/Vimeo)への移行が進行中です。動画は、テキストでは伝わらない作業者の表情、現場の音、土地の質感を伝え、ナラティブを身体化します。短尺SNS動画ではなく、20-90分の長尺ドキュメンタリーが、信頼形成の媒体として再評価されています。
第二に、「市民撮影前提」の現場運営。スマートフォンと SNS の普及で、店舗・工場・コールセンター・配送現場のあらゆる接客・労務シーンが、顧客や従業員によって即時撮影・拡散されうる前提が成立しました。ジョージ・フロイド事件以降、企業は「動画として記録される可能性」を、現場マネジメントの設計変数に組み込まねばなりません。これは監視強化ではなく、撮影されても問題ない現場文化への移行を意味します。WITNESSが整備した「市民撮影の倫理」は、現場マネジメントの参照点になります。
第三に、リーフェンシュタール問題への自覚。優れた美学的演出は、価値観の中身を後景化させる力を持ちます。企業ブランド動画、CEOプロモーション映像、採用ブランディング動画が、内実を伴わない「美しいプロパガンダ」になっていないか――この問いは、コミュニケーション部門の倫理的中核です。映像の力が強いほど、その何のために使うかが問われます。
可視化は介入であり、撮影は世界へのコミットメントです。
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2. 異分野からの発展的視点 ― ハッソンが捉えた「映像を見る脳が同期する瞬間」
動画が社会を動員する力を、神経科学は一つの実験で物理的に説明しました。2004年、米プリンストン大学のウリ・ハッソン(Uri Hasson)らは、複数の被験者にfMRIを撮影しながら、セルジオ・レオーネ監督『The Good, the Bad and the Ugly』の30分シーンを見せたのです(*Science* 303巻, 1634-1640頁)。
結果、被験者の脳の30%以上が、視覚野・聴覚野・側頭頭頂接合部に至るまで、秒単位で同じパターンで活性化していました。映像が、別々の人々の神経活動を強制的に同期させていた ―― ハッソンらはこれを「ニューラル・カップリング(神経結合)」と名づけました。
ヴェルトフのキノ・グラース、リーフェンシュタール『意志の勝利』、ジョージ・フロイドの市民撮影、香港デモのSNS拡散 ―― 一本の映像が世論を動かす力は、文化的偶然ではなく、ヒトの脳が他者の脳と同期するよう進化してきた神経機構の必然的応答でした。撮影と放送は、脳と脳を物理的に繋ぐ装置です。
次回は「可視化メディアのかたち ― 第15章のまとめ」をお届けします。
