
2008年から2010年にかけて、世界の都市生活を急速に書き換えるビジネスモデル群が、ほぼ同時多発的に立ち上がりました。Airbnb(2008年設立)、TaskRabbit(2008年設立)、Uber(2009年設立)、Liquidspace(2010年設立)、Lyft(2012年設立)――遊休資産(空き部屋・空き時間・空き座席・空きスキル)を、

2008年から2010年にかけて、世界の都市生活を急速に書き換えるビジネスモデル群が、ほぼ同時多発的に立ち上がりました。Airbnb(2008年設立)、TaskRabbit(2008年設立)、Uber(2009年設立)、Liquidspace(2010年設立)、Lyft(2012年設立)――遊休資産(空き部屋・空き時間・空き座席・空きスキル)を、デジタル・プラットフォームで他者と共有する経済形態です。日本では、メルカリ(2013年設立)、ココナラ、SPACEMARKET、タイムズカーシェア、三井不動産Hi!FIVEなどが、同じ系譜に立ちました。この一群を最初に「シェアエコノミー(共有経済)」として概念化したのが、英国出身のソーシャル・イノベーターレイチェル・ボッツマンとルー・ロジャースによる2010年の著書『What's Mine Is Yours: The Rise of Collaborative Consumption』(HarperBusiness、邦訳『シェア――〈共有〉からビジネスを生みだす新戦略』NHK出版 2010、関美和訳)です。
ボッツマンとロジャースは、所有から利用へ、私有から共有へ、という消費構造の転換を「コラボレーティブ・コンサンプション(協働消費)」と呼びました。同じ年、米国の起業家リサ・ガンスキーが『The Mesh: Why the Future of Business is Sharing』(Portfolio 2010、邦訳『メッシュ――すべてのビジネスは〈シェア〉になる』徳間書店 2011、実川元子訳)を出版し、Webと位置情報とモバイルが結びついた「メッシュ型」ビジネスが、自動車・宿泊・衣服・道具・空間のあらゆる領域を再構成すると論じました。
理論的な背骨は、ハーバード・ロー・スクール教授ヨハイ・ベンクラーの『The Wealth of Networks』(Yale UP, 2006)にあります。ベンクラーは、ネットワーク化された情報経済では、市場でも国家でもない「コモンズ・ベースト・ピア・プロダクション(共有資源型の対等生産)」が第三の生産様式として立ち上がる、と論じていました。シェアエコノミーは、このピア・プロダクション論を、物理的な遊休資産と都市生活に拡張した実装形態だと言えます。
ところが2010年代後半から、シェアエコノミーの倫理的な暗部が次々と可視化されていきます。プラットフォーム労働――Uber運転手、Lyft運転手、TaskRabbit作業者、Amazon Mechanical Turkワーカー、デリバリー配達員――は、雇用契約上は独立請負人として扱われ、最低賃金、健康保険、失業給付、有給休暇、団結権の保護を受けない構造に置かれました。ギグエコノミーという呼称が、当初の解放的な響きから、不安定労働を糊塗する婉曲表現へと変質していきます。
加えて、プラットフォーム企業による各国の税金回避(アイルランド・オランダ・ケイマン経由のグローバル節税)、データ寡占(行動データの独占的蓄積)、地域住民との衝突(Airbnbによる住宅市場の高騰、観光地の住居機能喪失)、規制の空洞化(タクシー業界・ホテル業界との非対称競争)――シェアの理念を掲げた事業群が、実態としては新しい形の搾取と独占の装置として機能しているのではないか、という根本的な問い直しが起こりました。
シェアという言葉は、こうして、希望の語彙から、争奪戦の語彙へと変わっていきました。
シェアエコノミー型事業の経営判断には、3つの構造的視点が要ります。
第一に、両側市場の不均衡是正。シェアプラットフォームは、供給側(運転手・出品者・作業者)と需要側(乗客・購入者・依頼者)の二面市場ですが、需要側のスイッチングコストが極端に低いため、競争が供給側の収益悪化に転嫁されやすい構造があります。Uber、DoorDash、メルカリの長期競争は、運転手収入や手数料の継続的な切り下げ圧力として現れました。経営者は、供給側の継続性を「コスト」ではなく「インフラ投資」として見直す必要があります。海外では、Uber英国でのワーカー法定地位判決(2021年)、カリフォルニアProp 22、EUのプラットフォーム労働指令(2024年)が、供給側保護のコストを織り込んだビジネスモデル設計を要請しています。
第二に、地域社会との共存設計。Airbnbがバルセロナ、京都、アムステルダムで起こした住宅市場の歪みは、単なる外部不経済ではなく、事業の長期持続性を脅かす内生的リスクです。日本でも住宅宿泊事業法(2017年)が180日上限を設けたように、規制環境はシェア事業の収益構造を直接規定します。地域コモンズへの貢献は、経営の余技ではなく、ライセンス・トゥ・オペレートの維持費用です。
第三に、データ倫理とプラットフォーム協同組合。シェアエコノミーの第二段階として、プラットフォーム協同組合(Stocksy United、Up & Goなど)、地域シェアサイクル(コミュニティサイクル)、自治体運営のカーシェアなど、所有と意思決定を参加者に分散する形態が模索されています。短期収益最大化ではなく、長期的な信頼資本の蓄積を選ぶ事業判断は、規制と評判の両面で経営余地を広げます。
シェアは、技術ではなく、ガバナンスです。
シェア経済が見知らぬ他者間の取引を成立させるとき、何が信頼を媒介しているのか。2005年、米クレアモント大学院大学のポール・ザック(Paul Zak)らは、この問いに神経経済学の側から答えを提示しました(*Nature* 435巻, 673-676頁)。被験者128名を二群に分け、片方にオキシトシンを点鼻スプレーで投与、もう片方にプラセボを投与。その後、自分の所持金を相手に渡せば3倍になって戻る可能性があるが独占されるリスクもある「信頼ゲーム」をプレイしてもらう実験です。
結果は明瞭でした。オキシトシン投与群は、見知らぬ相手に渡す金額がプラセボ群より約17%多く、「最大限信頼する」と答えた人の割合は45%対21%。母親と新生児の絆形成、出産時の収縮、授乳に関わる古くからのホルモンが、見知らぬ他人への金銭的な信頼にも作用していたのです。信頼は人格や文化に先立って、神経内分泌系のレベルで生成される現象でした。
ボッツマンの『What's Mine Is Yours』、ガンスキーの『The Mesh』、Airbnb、Uber、メルカリ ―― これらの評価システムが機能するのは、評価アルゴリズムが脳のオキシトシン回路を間接的に活性化させ、見知らぬ者同士の取引コストを下げているからでした。シェアエコノミーは感性ではなく、ホルモンの上に立つ経済装置です。