第V部「開きのかたち」第14章「大衆化技術」の2話目です。前章まで「囲い込まれた専門技術が、いかに大衆に開かれていくか」を追ってきましたが、本章では「最初から、すべての人に開かれているように設計する」という発想の転換を扱います。その思想的支柱が、米国の建築家ロン・メイス(Ronald L. Mace, 1941-1998)の提唱した「ユニバーサルデザイン(Universal Design)」です。
メイスは、9歳のときにポリオに罹患し、生涯を車椅子と人工呼吸器とともに生きました。1966年にノースカロライナ州立大学で建築学の学位を取得して建築家となりますが、車椅子使用者として既存の建築環境に直面した経験が、彼の思想の出発点になります。階段、狭い扉、高すぎるカウンター、届かないスイッチ――それらは「障害者にとっての障壁」である以前に、「設計者の想像力の貧しさ」を露呈するものでした。
1970年代、米国の障害者運動が「バリアフリー(barrier-free)」という概念を広めます。これは「障害者のために障壁を取り除く」という発想で、スロープや手すりを後付けで設置する方法でした。メイスは1985年頃から、この発想に異議を唱え始めます。バリアフリーは結局、「特別な人のための特別な配慮」であり、結果として障害者を「異質な存在」として可視化してしまう。彼が提唱したのは、「最初から、年齢・能力・状況に関わらずすべての人が使えるよう設計する」という発想――それが「ユニバーサルデザイン」でした。
1989年、メイスはノースカロライナ州立大学に「Center for Universal Design」を設立。1997年、メイスを中心としたチーム(モリー・ストーリー、ジェームズ・ミューラー、ジョン・ミューラー、エレイン・オストロフ、ベティナ・ミューラー、グレッグ・ヴァンダーハイデン、ジョン・サンフォード、エド・スタインフェルドら共同執筆者)が、「ユニバーサルデザインの7原則(The 7 Principles of Universal Design)」を策定します。
その7原則は次のとおりです。第一、公平な利用(Equitable Use)――誰にとっても使いやすく、差別がない。第二、利用における柔軟性(Flexibility in Use)――多様な好みと能力に対応できる。第三、単純で直感的な利用(Simple and Intuitive Use)――経験・知識・言語能力に依存せず理解できる。第四、認知できる情報(Perceptible Information)――視覚・聴覚・触覚など複数モードで情報を伝える。第五、失敗に寛容(Tolerance for Error)――誤操作の危険や悪影響を最小限にする。第六、少ない労力(Low Physical Effort)――疲れず、最小の力で使える。第七、アプローチと利用のためのサイズと空間(Size and Space for Approach and Use)――近づいて、操作するに足る寸法と空間がある。
メイスは1998年に57歳で逝去しますが、彼の思想は世界に広がります。米国では1990年に「ADA(Americans with Disabilities Act, 米国障害者法)」が成立し、建築・交通・通信のアクセシビリティが法的義務になりました。日本でも、ハートビル法(1994)、交通バリアフリー法(2000)を経て、2006年に「バリアフリー新法(高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)」が両者を統合します。建築家川崎和男は『ユニバーサルデザイン』(日本工業新聞社, 2003)で、日本のUDを工業デザイン領域に展開しました。
特別ではなく、最初から、すべての人に。
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ロン・メイスのユニバーサルデザイン思想を、現代経営に応用すると、3つの実用的視点が立ち上がります。
第一に、「特別対応」から「標準設計」へのパラダイム転換。多くの企業は、障害者・高齢者・外国人ユーザー向けに「特別な対応」を後付けで用意します。読み上げ機能、多言語対応、手話通訳、高コントラストモード――どれも追加機能として用意され、「マイノリティ向けオプション」とされる。メイスの思想は、これを根本から反転させます。最初から、字が大きく、色のコントラストが高く、複数言語に対応し、音声でも操作できる。すると、視覚に困難を抱える人だけでなく、満員電車で動画を音声なしで観たい人、料理中に手が濡れていて画面を触れない人、加齢で老眼になった経営者にも便利になる。Apple のVoiceOver、Microsoft の Seeing AI、TOTO のサイホン式トイレ、LIXIL のINAX シャワートイレ、パナソニックのアラウーノ――どれもUD思想の系譜です。
第二に、「7原則」を製品レビューの監査チェックリストとして使う。メイスらの7原則は、抽象的な理念ではなく、設計を点検する実務的フレームワークです。新製品・新サービスの仕様書を、7原則それぞれで採点する。「公平か」「柔軟か」「直感的か」「複数モードで情報を伝えているか」「失敗に寛容か」「労力は少ないか」「空間は適切か」――これだけで、多くのプロダクトの設計欠陥が事前に検出されます。
第三に、「インクルーシブ・デザイン」への発展形。Microsoft が2016年に公開した「Inclusive Design Toolkit」、キャット・ホームズ(Kat Holmes)の『Mismatch: How Inclusion Shapes Design』(MIT Press, 2018)は、UDをさらに発展させ、「除外(exclusion)こそがデザインの出発点である」と説きました。誰を除外しているかを意識的に問い、その人を設計プロセスに招き入れる――これが現代のUDです。
包摂は、機能要件です。
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2. 異分野からの発展的視点 ― ホッホバーグの「BrainGate」が示す身体の境界の溶解
ロン・メイスがユニバーサルデザインを提唱した1985年、彼は「最初から全員が使える設計」を建築や製品の領域で考えていました。25年後、神経工学はこの理念を脳と機械の境界にまで押し広げます。2006年、米国ブラウン大学のリー・ホッホバーグ(Leigh Hochberg)らは、四肢麻痺で身体を動かせなくなった26歳の男性が、運動野に埋め込まれた電極アレイ「BrainGate」から取得した神経信号だけで、コンピュータ画面のカーソルを動かし、メールを書き、ロボットアームを制御することに成功した実験を発表しました(*Nature* 442巻, 164-171頁)。
ホッホバーグらは、運動を想像するだけで運動野の神経活動が想像通りに発火するという基礎発見を、リアルタイム機械学習で外部装置の制御信号に翻訳しました。被験者は数日の訓練後、画面上のカーソル軌道、On/Offスイッチ、ロボットアームを意のままに動かせるようになりました。マウスやキーボードという「最後のインターフェース」を持たない人々のために、神経信号そのものをインターフェース化する経路が初めて開かれた瞬間です。
メイスの7原則 ―― 公平な利用、柔軟性、単純さ、認知可能性、寛容性、低労力、十分な空間 ―― は、車椅子スロープから、Apple HIGの最小タップ領域44×44pt、JIS Z 8071、そしてBrainGateの脳神経インターフェースへと、技術的階梯を上りながら拡張を続けています。「身体の状態を問わない」という設計思想は、いま脳と機械が直接対話する時代に到達しました。
次回は「アクセシビリティと包摂の倫理」をお届けします。
