中間支援組織が経済的にも社会的にも価値を生む構造を、20世紀末に厳密に定式化した社会学者がいます。シカゴ大学のロナルド・バート(Ronald S. Burt)です。1992年に出版された彼の主著『ストラクチャル・ホールズ(Structural Holes)』は、人と人、組織と組織のあいだの「つながりの薄い領域」が、なぜ経済的にも社会的にも価値を生むのかを、初めて数理的に明らかにした古典です。
バートが「構造的空隙(structural hole)」と呼んだ概念は、シンプルですが強力です。あるネットワーク内で、グループAとグループBが密につながっているけれど、AとBのあいだは繋がっていない。この「繋がりの隙間」こそが、構造的空隙です。そして、この空隙の両側に橋を架ける位置にいる人――彼は「ブローカー(broker)」と呼びます――は、二つの利益を得ます。第一に情報的優位性――両方のグループから、互いには届かない情報を最初に得られる。第二に統制的優位性――情報の流れを部分的に制御できる立場に立つ。
バートはこの理論を、シカゴのバンクや金融業界の実証データで検証しました。同じ会社で働く管理職の中でも、構造的空隙を多く持つ位置にいる人ほど、給与・昇進・革新性が高いことが、統計的にはっきりと出てきます。これは「人脈が広いほど得をする」という単純な話ではありません。重要なのは、繋がりの量ではなく、繋がりの構造です。同じ集団内に深く繋がっている人より、複数の異なる集団のあいだに薄く繋がっている人のほうが、経済的価値が高い。
この発見は、経営学・社会学・マーケティング・イノベーション研究を巻き込んで、大きな影響を持ちました。なぜなら、組織内の昇進、転職市場での価値、起業家の成功、新製品の普及、政治的影響力――これらすべてが、構造的空隙への到達能力で部分的に説明できるからです。
ところがバート自身は、構造的空隙だけを神聖視したわけではありません。2005年の続編『ブローカリッジ・アンド・クロージャー(Brokerage and Closure)』で、彼は「クロージャー(closure)」――結合の濃さ――の重要性も論じました。完全に橋渡しだけをする人は、長期的には信頼を失う。ブローカーが価値を生むには、自分の周囲に密な信頼関係を持っていることも必要だ、というのが彼の発見でした。社会学者ジェイムズ・コールマンが論じてきた「社会関係資本」の中核概念です。
つまり、最も価値ある位置にいる人は、密な信頼を持ちながら、同時に複数の集団のあいだの空隙にも橋渡しできる人です。村の長老でも都会のフリーランサーでもなく、その両方を兼ねた人。古くから日本の地域社会で言う「世話役」「取り持ち役」が、まさにこの位置だったとも言えます。
中間支援組織は、組織版の「世話役」です。
FOR MANAGEMENT 経営学的に読み解きたいあなたへ ▾
ストラクチャル・ホール理論の経営的応用は、近年のネットワーク戦略論の中核をなしています。
第一に、自社のネットワーク・ポジションを意識する。中間支援組織であれ、コンサルティング会社であれ、エコシステム企業であれ、自社が「どのグループとどのグループのあいだに立っているか」を構造的に把握することが第一歩です。LinkedInのEcosystem Mapping、Microsoft Power Platformの可視化ツール、Salesforceの「カスタマー360」などは、自社のネットワーク・ポジションを定量的に把握する仕掛けです。
第二に、ブローカー人材を意識的に育成する。会社の中でも、複数の部門・拠点・業界のあいだに立つ「橋渡し役」を意識的に育てる。例えばIBMの「Coalition Director」、トヨタの「分業横断プロジェクトリーダー」、リクルートの「事業横断シナジー責任者」。彼らはどの部門にも属さず、すべての部門に出入りすることで価値を生みます。重要なのは、専門知識の深さよりも、複数の専門領域への信頼アクセスを持つことです。
第三に、ブローカーをゼロサムから信頼ゲームへ。短期的には、ブローカーは情報を独占して利益を独り占めできる。しかし長期的には、信頼を失います。Burt自身が論じたように、本当に持続するブローカーは、両側の信頼を裏切らない人です。マッキンゼー、ボストン コンサルティング、A.T.カーニーといった老舗コンサルティング会社が長期競争力を保っているのは、コンサルタント個人の倫理意識を組織として強化しているからです。
ブローカーは、ネットワークの「裏のインフラ」です。気付きにくいけれど、欠かすことができない役割です。
FOR ACADEMIA 学術的に読み解きたいあなたへ ▾
2. 異分野からの発展的視点 ― ニューマン=ガーヴァンが定量化した「コミュニティの境界」
Burtが構造的空隙と呼んだ「集団と集団の隙間」は、社会学の比喩ではなく物理学的に同定可能な対象です。2004年、ミシガン大学の物理学者Mark NewmanとMichelle Girvanは、ネットワークをコミュニティに自動分割するアルゴリズムを発表し、その評価基準として「モジュラリティ(modularity)Q」を提案しました(*Physical Review E* 69巻, 026113)。
モジュラリティは、エッジがランダムに張られた場合と比べて、コミュニティ内に集中している度合いを測る指標です。Q=0は無構造、Q=1は完全分離で、実世界のソーシャル・ネットワークではQ=0.3〜0.7程度の値を示し、コミュニティ境界を過たず識別できます。重要なのは、このアルゴリズムが「コミュニティをまたぐエッジ」を独立に取り出せることでした。Burtのいう構造的空隙をまたぐリンクは、Newman-Girvanの定式化では「モジュラリティ最大化を妨げる希少な境界エッジ」として定量的に同定されます。
そしてこれらの境界エッジを担うノードを攻撃すると、ネットワークの平均最短経路長が爆発的に増加し、情報の大域的流通が崩壊することも、後の物理学研究は示しました。ブローカーは情報優位を享受する一方で、自分が抜けるとシステム全体の探索効率を落とす立場でもあるのです。情報を媒介する者は、自分の位置の希少性を支える信頼の網を、自分で編まなければならない ―― 構造的空隙の理論は単なるキャリア戦略ではなく、社会システムの連結性を支える者の倫理的責任の問題でもあったのでした。
次回は「弱い紐帯の強さ ― グラノヴェッターの衝撃」をお届けします。
